『極楽征夷大将軍』(上下)文庫化に際して、2023年に本作で直木賞を受賞した垣根涼介さんと直木賞の先輩でもある池井戸潤さんとの受賞記念対談を、「オール讀物」2023年9・10月合併号から再録します。
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記者会見に駆けつけた池井戸さん
池井戸 受賞おめでとうございます。今回、垣根さんが受賞したら駆けつけなければならないと思って。僕も密かに待ち会を開いて待っていました。
垣根 ありがとうございます。池井戸さんは僕が『室町無頼』で最初に直木賞の候補になった時も内緒で結果を待っていてくれたんですよね。しかも、僕にはそれを言わないから、後になって人づてに聞くわけですよ。
池井戸 たしか電話をくれたよね。
垣根 あのときは落選して「池井戸さんに待ってもらっていたのに悪いな」ってやっぱり思うわけですよ。だから「すみません」って電話して。それも今はいい思い出です。
池井戸 いい思い出になってよかった。
垣根 今回、受賞記者会見後のお祝いの会に池井戸さんが駆けつけてくれたので、編集者たちもびっくりしてました。
池井戸 実は、記者会見場の近所の鮨屋でひっそりと待機してたんです。
垣根 池井戸さんから「垣根さん、その恰好で会見してたの?」って驚かれました。柄シャツにジーンズだったから。
池井戸 そうそう。
垣根 タバコをやめたから太っちゃって、着られる服が減ってしまったって理由もあるんですけど。本当は受賞出来るかどうかも分からないのに、正装して待つのは面倒くさいなという気持ちですね。
池井戸 僕も直木賞の記者会見はTシャツにジーンズだったんですよ。記者会見で、賞金の使い途をきかれたとき、ネット上で「服買え、服」っていっぱいコメントがついて(笑)。
垣根 大きなお世話ですよね(笑)。僕も後で聞いたら「ブラザートムに似てる」とかって言われてたみたいで(笑)。しかし今日は、池井戸さんがしっかりとジャケット着て来られたので正直、焦りましたよ。僕は相変わらず柄シャツだから。
池井戸 いやいや、こんな大事な日にはしっかりと着てくるでしょう(笑)。
垣根 池井戸さんが直木賞を受賞されたときの『オール讀物』の記念対談の誌面をもらったのですが、この時もしっかりとジャケット着てる。
池井戸 もちろん、ちゃんと着てますよ。けど対談相手の東野(圭吾)さん、Tシャツだ(笑)。
垣根さんと池井戸さんの出会いは
池井戸 垣根さんとの最初の出会いというと日本推理作家協会だよね。
垣根 そうです。もう十年以上前ですかね。お互いに推理作家協会の理事をやっていて。
池井戸 理事会に参加して、終わった後、二人で飲みながら推理作家協会の愚痴を言い合う(笑)。
垣根 そうでしたね(笑)。たしか僕が「なんで池井戸さんって推理作家協会の理事になったんですか?」と聞いたんですよ。そうしたら、「そんなこと決まっているじゃない。金庫番にさせられたんだよ」って(笑)。
池井戸 会計担当。あの時は協会の財政が悪化していたんだよね。
垣根 だから銀行マンだった池井戸さんに白羽の矢が立った。
池井戸 それで一応、いろんな施策を行って、財政を立て直したんだけどね……。あとどんな話をしていたのかよく思い出せないな。
垣根 あっ、昔どんな話をしていたか思い出したんですけど、池井戸さんと僕と、どっちが田舎で生まれたか競争をした。
池井戸 そうだった(笑)。
垣根 僕は長崎県の諫早市出身で、お会いする作家お会いする作家に、どっちが田舎かって勝負をして、それまで全戦全勝だったんですよ。
池井戸 家から信号までどれくらいかかるかという勝負ね。
垣根 僕の家は信号まで歩いて十分ぐらいかかる田舎だったけど。ところが、岐阜県出身の池井戸さんに初めて負けた。
池井戸 うちは信号まで車で二十~三十分かかるから。今、その田舎の話をドラマでやってるよ。
垣根 『ハヤブサ消防団』ですね。
池井戸 直木賞の候補作になったのは今回で三回目だっけ?
垣根 三回目です。三回目で受賞できて、ちょうどよかったかなと思いますね。
池井戸 僕も三回目の候補で受賞した。三回目ぐらいまでが楽しめるかもね。そこから先は、だんだん楽しめなくなってくると思うから。
垣根 僕はデビュー後、現代ものの小説を書いていたときは、比較的順調にいろんな文学賞をいただいていたんです。でも、十年くらい前から歴史小説を書くようになると、文学賞にノミネートはされても、五回か六回ぐらい、つづけて落ちて。
池井戸 何だろうね。小説の肝が違うのかな。
垣根 自分でもよく分かんないです。何かが違ったみたいで。ことごとく落ちるなと思って、ここ最近は開き直って、笑っていました。
池井戸 僕は、昔から江戸川乱歩賞は欲しいと思っていたけど、直木賞ってあんまり考えてなかった。でもある程度作家としてのキャリアを重ねると、好むと好まざるとにかかわらず、ベルトコンベアーのようにその前に運ばれて。候補だと言って周りは騒ぎ始めるんだけど、正直なところ賞を取るために小説を書いているんじゃない。だから、受賞が決まった時はうれしいというよりホッとした。ああ、よかった、これでもうあの煩わしさから離れられると思って。ところが、いったん離れて観客席に座ってみたら、他の人が候補になっているのを観戦するのは面白いんですよ(笑)。「あ、垣根さんまた候補になってる。今回は大丈夫かな」みたいな。
垣根 言いたい放題ですね(笑)。
池井戸 実際に直木賞を受賞してどうだったの?
垣根 僕も正直、そんなに直木賞を意識したことはなかった。池井戸さんも仰った通り、賞を目指して小説を書いているということはない。ただ、やはり候補に挙がったら気になるし、意識するのが人情ですよ。せっかく候補になったからには賞は頂きたい。受賞の連絡を頂いたときは、ホッとしたという感じですかね。
現代小説から歴史小説へ
池井戸 垣根さんは、そもそもなんで現代小説から歴史小説を書くようになったの?
垣根 基本的に、小説でしかできないエンタメを書きたいという気持ちがずっとあって。じゃあ小説でしか書けないものって何? といったら、文字上でしか表現できないような心理描写でもって、登場人物の内面を描くことだと。で、心理描写を主眼に置いても全く文句を言われない小説はなにかと考えたとき、おそらく実在の人物を扱った歴史小説だろうと。歴史小説を読む読者の方は人物に興味があるから楽しんでくれるわけで、こちらが心理描写をしっかり書き込んで、ストーリーが多少停滞したとしても、読者はその人物のことを読みたいはず。歴史小説なら勝負できるんじゃないかな、というところが始まりです。
池井戸 でもそれって、本質的には現代小説の書き方と変わらないよね。
垣根 そうですね。実を言うと、現代小説の感覚で歴史小説を書きたいなと。
池井戸 ああ、そういうことか。
垣根 七百年前の話でも、令和の今を生きている人たちが読むので、今という時代とリンクするようにいかに書くかということにすごく苦労します。人物描写も、基本的に資料に反することは全然書かないです。資料をもとに立ち上げていくんですけれども、その人物像が、モダンな今という時代に参考になる肖像ではないと、僕は書かないですね。
〈「中世の資料で、比叡山延暦寺が金貸しをして庶民を泣かせていたと知ってショックを受けて、それが『室町無頼』に繋がったんです。それまで、お金なんて全然興味がなかった」〉へ続く











