「中世の資料で、比叡山延暦寺が金貸しをして庶民を泣かせていたと知ってショックを受けて、それが『室町無頼』に繋がったんです。それまで、お金なんて全然興味がなかった」〉から続く

『極楽征夷大将軍』(上下)文庫化に際して、2023年に本作で直木賞を受賞した垣根涼介さんと直木賞の先輩でもある池井戸潤さんとの受賞記念対談を、「オール讀物」2023年9・10月合併号から再録します。

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垣根 『信長の原理』も経済のことを考えながら書いています。あの話って、実は効率の話なんですよね。結局のところ経済って効率だったりするので。その効率をとことんまで突き詰めるとどうなるの? って見方で発想したんです。それをさらに考えた先に今回の『極楽征夷大将軍』があるんですけど……。

池井戸 どういうこと?

垣根 まず資産運用として最も手堅い、王道戦略とは何かということを調べました。最終的に僕がたどり着いたのは、時価総額加重平均型のインデックスファンドが最強だったということです。一見、プロの投資家が厳選した株に資金を突っ込むアクティブファンドがリターンが大きくて効率的に見えますが、短期では強いけど、長期で見るとのきなみインデックスに劣後している。ウォール街のヘッジファンドがいい例ですね。ハーバード大学などの有名大学を出て、MBAを取得した優秀な人たちがヘッジファンドを立ち上げ、一時期はすごいパフォーマンスを生み出すけれども、十年、十五年という長期スパンでみると、だいたい八割は何の変哲もないインデックスファンドに負けています。それを歴史小説にあてはめて比べてみたら、ヘッジファンドは、短期的な活躍で終わってしまった新田義貞や楠木正成であり、インデックスファンドは長期的な粘り強さのある足利尊氏の人生と重なって見えた。このイメージから『極楽征夷大将軍』は生まれました。

楠木正成像 ©アフロ

池井戸 なるほど。ある意味経済小説だったんだね。

垣根 そうなんです。これらの小説を書いていると、本当にお金の考え方って大事だなと思って、池井戸さんと話をしたいとずっと思っていたんです。

「欲望」と「恐怖」が時代を動かす

池井戸 垣根さんは、実際に資産運用をやってみたようだけど、それは作品にいかすことはできそう?

垣根 そうですね、実際に自分のお金を世間で洗って学んだことは、これまでの小説の核にもなったし、今後の小説にもいかせると思います。もしかしたらお金が無くなるかもしれない《恐怖》と、もっと肥やそうと思う《欲望》。『極楽征夷大将軍』でも書きましたが、時代を動かすのは、《欲望》と《恐怖》だと思っていて、このふたつが絶えず文明を、時代を推進させていくと再認識しました。

池井戸 僕もお金の話は書いてないわけじゃないんだけど。今、書くとしたら何がいいかな。通貨が円に変わるときのこととかどう?

垣根 円に?

池井戸 今、日本の通貨は円ですけど、昔はそうじゃないでしょう。一両、二両とか両、分、朱という四進法の貨幣から、明治時代になって十進法の円貨幣に変わる。つまり、通貨が変わるという激動の時代を日本経済は経験したわけですよ。そこで大事業を成し遂げた人もいる。すごいダイナミックな動きがあったと思うので、面白いかもしれない。まぁ、それは、垣根先生に書いてもらえればいいなと思って(笑)。

垣根 いやー、それは無理ですよ。だって僕、お金の成り立ちに興味があるだけで、経済に関しては素人ですもん。

鎌倉市浄妙寺にある足利直義の墓 ©アフロ

歴史小説でも現代小説でも、書きたいものを書く

池井戸 垣根さんは、もう現代ものの小説を書くことはないの?

垣根 そんなことないです。書きたいものがあったら書きます。逆に言うと、歴史上の人物で書きたい人物がいなくなったら歴史小説はもう書かないですね。ジャンルを書くわけではなく、書きたいものを書くために、僕の作家人生はあると思っているので。

池井戸 今、本がどんどん売れなくなってきている。とはいえ、じゃあ売れるものを狙って書くというのもちょっと違う。結局自分ができることって少ないんだよね。作家は変わらず書きたいものを書くけど、環境の変化に合わせて売り方を変えるしかない。このところ見ていて変わったなと思うのは、オーディブル。本当に伸びているんですよ。あと、作家がテーマやストーリーを考えていると、このアイディアは小説向きじゃないと思って捨てることってあるじゃない? 小説にすると陳腐だなとか。

垣根 たしかに、ありますね。

池井戸 でも小説では使わないけど、映像だったら使えるアイディアだなってことがある。だったら、それをいきなりドラマの原案として渡す。

池井戸 これからの作家って、いわゆるコンテンツ・プロバイダー的な立ち位置にもなれるということが最近分かってきた。

垣根 なるほど。小説のシノプシスみたいなものを渡して。

池井戸 そうそう。せっかくなら開発から携わって、脚本も確認して、作家がちゃんと関与して映像を作ったら、すごくいいエンタメができると思うんですよ。出版社は、版権契約を扱うライツ事業に力を入れ始めているよね。映像やゲーム関係とか様々なルートを持っている版元が、作家から聞いたアイディアを、この話はゲームだったらどうだろうとか、アニメの原作ならどうだろうと提案して繋げていく。編集者の仕事の考え方もこれまでとは変わってくると思う。

垣根 それは面白いな。普段、お互いに真面目な話をしたことがないから、発見が多い(笑)。

垣根涼介さん

池井戸 けれどやっぱり、書いたものが多くの人に読んでもらえるっていうのが作家としては一番いいよね。

垣根 それはそうです、本当に。

作家は時として世間の誤解にさらされる

池井戸 書いて出版してもなんの反応もないとか、スルーされると、本当に残念な気持ちになる。

垣根 悲しいですよね。でも、池井戸さんはもうそういうことはないんじゃないですか?

池井戸 いや、そんなことないし、僕の場合は誤解も多いわけ。例えば、ドラマで土下座のシーンとか、役者さんの顔芸が目立つと、池井戸が書くものはそういう小説なんだと誤解される。最近、中古車販売業者の不祥事があったよね。すると、「池井戸が小説化の準備をしてるぞ」みたいな書き込みが、ネット上に出たり……。どうも僕は、不祥事対応というか、大企業の闇ばかりを書く作家だと思っている人が結構居るんだよね。

垣根 それはちょっと腹が立ちますね。

池井戸 僕のもとにタレコミのお手紙とかも届いてね。

垣根 (笑)。まるで『週刊文春』じゃないですか。

池井戸 そう。だから、『週刊文春』に持って行って下さいって伝えるんだよ。以前もうちにいきなり訪ねて来た人がいて、「こんなひどいことがあったんですけど、ぜひ小説にしてください」と置き手紙があって。正直、非常に迷惑してるわけです。

垣根 それは声を大にして言いたいですよね。ここではっきり言いましょう。もう二度と来ないでね、と。