――売れない探偵作家・倉賀野影比古は、失踪した先輩作家・御霊神矢が遺した未完の原稿「ナッハツェーラーの城」を自らの手で完結させるべく御霊の家族が住む「畸幻館」を訪ねるが、奇怪な連続殺人事件に巻き込まれる。やがて作中作と現実の世界との境界さえも曖昧になっていき……。
小栗虫太郎『黒死館殺人事件』、夢野久作『ドグラ・マグラ』、中井英夫『虚無への供物』。「日本探偵小説の三大奇書」に挑むべく書き上げた話題作の著者に、初期作品の担当編集者がインタビューを敢行した。
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ナッハツェーラーとは?
編集A この作品のタイトルおよび作中作のタイトルはともに「ナッハツェーラーの城」ですが、ナッハツェーラーとは何で、なぜこのタイトルにしたのか教えてください。
倉野 ナッハツェーラーというのはドイツなどの伝承で、墓場の中で己の肉や屍衣を噛む甦った死者のことを言います。フィンランドのブラックメタルバンドSatanic Warmasterがそのものズバリ、『Nachzehrer』というアルバムを出していたので言葉だけは前から知っていたのですが、種村季弘さんの『吸血鬼幻想』を読んでどんな怪物かを知り、気に入ってタイトルに採用しました。
編集A 一種のゾンビみたいなものでしょうか?
倉野 そうですね。吸血鬼とゾンビの中間みたいな存在で、自分の家族を襲い、血を吸うらしいです。
編集A 倉野さんが好きな、ブラックメタルは悪魔崇拝や怪物を礼賛する傾向がありますね?
倉野 ブラックメタルは基本的に反キリスト、反宗教なので、悪魔の側にシンパシーを持つ人が多いです。
編集A この作品を書こうと思い立ったのはいつ頃で、どういうきっかけからでしょうか?
倉野 思い立ったのは、2023年の春あたりだと思います。2021年末に出した『弔い月の下にて』の刊行から1年半ほど経っていたので、いい加減に新作を書かねばなあという不純なきっかけで構想を練り始めました(笑)。その頃、妻が娘を出産間近だったのですが、『ナッハツェーラーの城』が出版された今は、娘が大きく成長しました。
編集A 作品のテーマはずばり「日本ミステリ界の三大奇書」ですね。
倉野 じつは、最初は三大奇書をテーマに大上段に構えるつもりだったわけではなかったんです。メタフィクション小説を書こうと思って書き始めたのですが、当初はメタ要素の出し方が唐突でこなれていなかったので、中央公論の担当編集者とも相談しながら肉づけをしていくうちに、「変格とはなにか」というテーマもカバーしようということになり、それなら「奇書とはなにか」というテーマもカバーできるのではという感じで、小説として段階的に成長していったんです。
メタフィクション、変格ミステリそして奇書
編集A メタフィクションというと、作品世界と現実世界とが相互に侵食していく竹本健治さんの作品のようなイメージを考えていたのでしょうか?
倉野 そうですね。当初は実名小説をやろうかとも思っていたので、まさに竹本さんの「ウロボロス」シリーズのような作品が念頭にありました。でも初稿段階ではラスト近くでようやく作品世界が現実へと侵食がなされるという感じで、これではちょっと唐突すぎますねと担当氏にも指摘されました。
編集A 主人公の倉賀野影比古は等身大の倉野さんのようですし、他にも某著名ホラー・ミステリ評論家を彷彿とさせる人物や、私をモデルとしたと思しき編集者まで登場するのはその名残なんですね(笑)。
ところで、倉野さんが考える奇書の定義とはどのようなものなのでしょう?
倉野 定義というほどしっかりしたものは持ち合わせていないのですが……ヘンテコなことは大前提として、そのヘンテコさの裏に一本、理論なり思想なりが裏打ちされていることが必要なのかなと思います。黒死館なら過剰な衒学趣味、ドグラ・マグラなら心理遺伝、というふうに。
編集A では、『ナッハツェーラーの城』での一本の理論・思想とはなんでしょう?
倉野 それはやはり遍在転生理論です。
編集A 偏在転生理論が縦横に展開される第七章が、やはりこの作品の核心ですね。
日本ミステリ界の奇書の魅力
編集A では次に三大奇書、さらに竹本健治さんの『匣の中の失楽』を加えた四大奇書それぞれに対する感想を一言でお願いします。
倉野 『黒死館殺人事件』は「読者の理解なんて頓着せずに小説を書いていいんだ!」、『ドグラ・マグラ』は「チャカポコとかの目眩ましはあるけど、意外と言いたいことは理解しやすいね」、『虚無への供物』は「意外に普通……」ですかね。『匣の中の失楽』は章が変わるごとに、「すごい! すごい!」と大騒ぎしながら読みました(笑)。
編集A 以前、池袋の焼鳥屋で件の評論家氏と3人で食事したときに、それぞれ三大奇書の中で好きな作品は? という話題になり、その時の各人の意見は作中にも反映されています(笑)。デビュー作の『スノウブラインド』でも触れていらっしゃいましたが、あの頃の倉野さんの『虚無への供物』への評価は厳しめでしたけれど、その後お考えが変わったとか。
倉野 初読のときは、意外と普通のミステリだなあと思ってしまったんです。奇書というくらいだから、『黒死館殺人事件』や『ドグラ・マグラ』みたいな奇天烈な世界が展開されるのか? と勝手に期待してしまって。だけど、その割にはトリックも大したことないなあとか。
ですが最近再読してみて、全編を貫く耽美主義、細部まで考え抜かれた伏線の数々に唸り、読者を置いてけぼりにして延々と続く軽躁病的な登場人物たちの推理合戦に辟易し、そして彼らへの犯人の糾弾に快哉を叫びました。これが社会派が根強かった時代に書かれたんだから、やっぱり『虚無への供物』は奇書だなあと再認識しました(笑)。
変格ミステリとはなにか?
編集A この作品は「奇書」であると同時に「変格探偵小説」でもあります。竹本健治さんと出会ったことで「変格ミステリ作家クラブ」も結成し、いまや「変格ミステリの旗手」とも呼ばれる倉野さんですが、倉野さんの考える変格ミステリとはどういうものなのでしょうか?
倉野 作中でも言及していますが、本格ミステリは合理、論理の世界なので精神分析的には自我と超自我の下にあります。一方、変格は論理に縛られない非合理非論理と言えます。無意識の世界で渦巻く欲動を反映してこそ変格だと思っています。
編集A 既出の奇書以外で、倉野さんが考える「これぞ変格」という作品はありますか?
倉野 谷崎潤一郎はこれぞ! という作品を多く書いていますね。私が大好きな『柳湯の事件』や『青塚氏の話』とか。変格ミステリに興味がある方は、ぜひ読んでみてください。









