- 2022.02.01
- インタビュー・対談
ステイホームのお供に! 2021年の傑作ミステリーはこれだ!【前編】<編集者座談会>
「オール讀物」編集部
文春きってのミステリー通編集者が2021年の傑作をおすすめします。
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#エンタメ・ミステリ
司会 オミクロン株におののきながらリモート勤務しているうちに、気がつけばとっくに2022年が始まっていました……! 遅ればせながら、ふだんミステリーを担当している文春の編集者が集まって、2021年のおすすめ作品を総まとめする座談会をお届けします!
参加者は、文庫編集部のAさん(『葉桜の季節に君を想うということ』『隻眼の少女』など担当。最近は華文ミステリーを手がける。最愛の1作は中井英夫『虚無への供物』)、翻訳ミステリー担当部長のNさん(文春初の大学ミス研出身者。海外ミステリー一筋20年。最愛の1作はJ・エルロイ『ホワイト・ジャズ』)、週刊文春のKさん(「ミステリーレビュー」担当。最愛の1作は泡坂妻夫『亜愛一郎の転倒』)、別冊文藝春秋のKUさん(雑食。最愛の1作は連城三紀彦『戻り川心中』)。司会はオール讀物のI(文春2人目の大学推理研出身者。最愛の1作は島田荘司『北の夕鶴2/3の殺人』)が務めます。では、さっそく国内作品から見ていきましょう。
【国内編】
司会 各社のベスト10を見ると、米澤穂信『黒牢城』(KADOKAWA)をはじめ、知念実希人『硝子の塔の殺人』(実業之日本社)、今村昌弘『兇人邸の殺人』(東京創元社)、阿津川辰海『蒼海館の殺人』(講談社タイガ)、辻村深月『琥珀の夏』(文藝春秋)などなど、すでに上半期の座談会で紹介した作品が多くランクインしています。これらについては、昨年夏のこの会でたっぷり話しているので、そちらを参照していただけたらうれしいですが、何か加えることがあれば。
K 振り返ってみると、米澤さんの『黒牢城』は強かったですね。各社のベスト10ですべて1位。山田風太郎賞、直木賞と、文学賞も続けて受賞しました。
N 僕は前回の座談会で、「山田風太郎へのオマージュ」という観点で感動して『黒牢城』をおすすめしたので、山風賞受賞はまさにピッタリ。自分の評価がマニアックな観点であることは自覚してるんですが(笑)、その意味でもエンタメとして幅広い評価を得たのはうれしかったです。有岡城内で起こる不可解な事件の謎解きに米澤さんらしい緻密さがあるのはもちろんのこと、荒木村重の籠城戦を通して大きな歴史の転換点が描かれていることが高い評価に繋がったのかなという気がしました。「戦国歴史小説」の器をしっかり構築したことで、本格ミステリーファン以外にも訴求する柄の大きさや、強いドラマ性が生まれたのではないでしょうか。
同じく「柄の大きな作品」として、このミス、文春、早川の3つで2位にランクインした、佐藤究『テスカトリポカ』(KADOKAWA)も似たような魅力をもつ作品だと思います。
司会 『テスカトリポカ』は前回の座談会で紹介しきれなかった作品なので、少し詳しく話しましょうか。メキシコの麻薬組織が新興勢力との抗争で滅ぼされ、組織を仕切っていた一族の生き残りであるバルミロという元マフィアがインドネシアへと逃れるんですね。彼がジャカルタで日本人の闇医者と出会い、新たなビジネスを思いついて日本へと密入国してくる。いっぽう日本の川崎には、日本人ヤクザとメキシコ人女性とのあいだに生まれたコシモという少年がいました。親からネグレクトされて育ったコシモ少年と、バルミロとが邂逅することで、とんでもない物語の幕が開くことになります。
N いま世界を見渡した時、犯罪小説の舞台としていちばん危険な場所はメキシコの麻薬カルテル界隈だと思うんです。海外では、ドン・ウィンズロウ『犬の力』『ザ・カルテル』(ともに角川文庫)といった力作がありますけれど、日本では船戸与一さん亡き後、「やばいメキシコ」を描いた作品ってほとんどなかったんですよ。その難しい境地についに挑んだ作品が現れたというのは嬉しいし、昨今のミステリーが若干、上品なほうへ流れている中で、川崎を舞台にこれでもかというくらい凄惨な暴力が描かれるのも魅力です。さらに、僕がもっとも好きなのは、この作品が新しいビジネスモデルを打ち出してるところ。麻薬カルテルを仕切っていたほどの元ボスが「わざわざ日本にやってきていったい何やるの?」という読者の期待に見事に応えてくれる、ビジネススキームの面白さがあるんですよ。
ミステリーには、犯人視点で犯行のプロセスを描く「倒叙もの」というジャンルがありますが、本作は「倒叙」とは違って、いわゆる「ケイパー・ストーリー」(「強奪小説」と訳されることも)。悪いことを企む側を主人公にした、オフビートな犯罪小説の伝統に棹さす作品です。犯罪計画のユニークさ、「果たしてそれが上手くいくのか?」というスリル、主人公の計画が最後には失敗するとしても「では、どのように失敗するのか?」を描いていく面白さ――こうした骨組みの力でぐいぐいと読ませていきます。メキシコの古代神話、アステカ文明の生贄の儀式に由来するような強烈な暴力描写が印象的ですけれども、派手な意匠の奥に、非常に古典的なエンタメの骨格を保っている作品だと思っていて、そういう意味では、「戦国歴史小説」の装いの中に本格ミステリーの骨格を有する『黒牢城』と通じる部分もあるのかなと。
KU 『テスカトリポカ』で描かれるビジネスって、無戸籍の子どもたちを犠牲にするおぞましいものなんですけど、どこか爽快感もありますよね。それは、1つは物語の根っこに「経済的な合理性」が存在すること、そして主人公たちがとにかくフラットであることが大きいのかなと思います。「悪の枢軸」たるバルミロたちが、徹底的に合理性を追求した結果、ある種のフラットさを獲得しているところが非常にリアル。現代のノワール小説の1つの可能性を示しているようにも感じましたし、強くおすすめしたい作品です。
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