昭和十七(一九四二)年六月五日から七日(日本時間。以後、断りのないかぎり、日付、時間は日本時間とします)にかけて戦われたミッドウェイ海戦については(「ミッドウェー」の表記も少なくありませんが、本書では、書名や引用を除いて「ミッドウェイ」の表記とします)、いくらあの戦争についての記憶が薄れてきたとはいえ、日本人にとっては忘れられるものではないことだと存じます。

 ミッドウェイ海戦は、太平洋戦争における日本軍の攻勢の「終わり」であり、昭和二十年八月十五日に至る敗戦への道程の「はじまり」でもありました。それほど重要な戦いですから、これまで汗牛充棟ただならぬ量の文献や証言が蓄積されてきました。

 とはいうものの、平成を経て令和になった今となっては、いわば振り出しに戻るともいうべき現象がみられ、昭和のころにつきとめられた事実が無視されたり、もう結着のついた議論が蒸し返されたりすることも見受けられます。否定された「伝説」や「神話」が大手を振ってまかり通ることも珍しくありません。とっくの昔に、つくりばなしであることが証明された「運命の五分間」論が、今日になっても取沙汰されることがあるのが、その証左であるかと思われます。

 ミッドウェイ海戦にかぎったことではないのですが、お若いみなさんが、こうした無駄や「先祖返り」をしないよう、あらためて経緯を確認し、どこまでが事実とわかっているのか、議論の答えが出ていないのはどの点なのかを指摘してゆくような本が必要ではないかと考えていましたが、すでに約束した企画、いわば「筆債」を多数抱えていて、とても新しい書き下ろしを予定に入れることはできません。

 そう思って、あきらめていたところ、文藝春秋から、それなら語り下ろしでやるのはどうかと、有り難いオファーをいただきました。談話というのは、研究書や評論とちがい、興味深い挿話、司馬遼太郎さんのいう「余話」の妙を盛り込める形式だと思いますので、これは面白いと引き受けてしまいました。

 もっとも、語り下ろしということになると、故半藤一利さんのような名人がおられます。はたして、その域に少しでも近づけるかどうか、心もとなくもあったのですが、ベテランの編集さんが複数付いて、お助けくださったおかげで、こうしてかたちにすることができました。担当して下さった吉地真さん、水上奥人さん、どうも有難うございます。

 以上のような経緯から、本書では「新説」や「新発見」で鬼面人を威すようなことは遠ざけ、ごくオーソドックスな説明を試み、その上で、確認されている事実はどれか、わからないこと、議論の余地がある問題は何かといったことについて指摘することを主眼に置きたいと存じます。

 その意味で、本書はミッドウェイ海戦研究の「決算」をめざしています。ただし、けっして「総決算」ではありません。イギリスの歴史家E・H・カーのいうように「歴史は過去と現在との尽きせぬ対話」でありますから、議論は今なお、というよりも永遠に進行中で、すべてが終わることはない。総ざらいはできないということですね。

 この目的が達成されたかどうか、読者のみなさんの審判を待つばかりです。


「はじめに──戦後八十年で忘れられた議論」より