SNSでのレシピ投稿が話題を呼び、現在は数々の料理本を手がけるなど幅広く活躍する料理研究家の長谷川あかりさん。そんな彼女でも、結婚したばかりのころは「毎日ちゃんとしたごはんを作らなければ」というプレッシャーに悩まされることもあったという。
ここでは、7月30日に刊行される自身初のエッセイ『タコ セロリ アボカド』より一部を抜粋してお届けする。長谷川さんが自分の中に設けた「これ以上はしなくていい」自炊のルールの内容とは……。(全5回の1回目)
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今日、何を作ろう
「何を作ればいいのかわからない」
自炊をしたことがある人ならきっと、誰もが一度は抱く悩みだろう。
お惣菜や外食ではなく、できれば自分で健康的なごはんを作って食べたい。けれど、理想の食事を用意する体力や気力は残っていない。結局、食べたいものさえわからないまま力尽き、空腹を満たすためにとりあえずファストフードで済ませてしまう。「明日こそは何か作ろう……」。そんな繰り返しの毎日。
決して料理をしないことが悪いのではない。むしろ、「もう料理なんてしたくない」と思いながら無理をして作り続けるくらいなら、市販のお惣菜や外食に頼ったほうがよっぽど心身の健康にいいだろう。
とはいえ、正体不明の罪悪感を抱えたままそれらに頼り続けると、無意識のうちに心が削られていく。自分の心身の状態に適さないものを食べ続けることで自己肯定感が次第に下がり、料理どころか、自分のことまで嫌いになっていく。
まさに私も結婚したばかりのころ、この負のループにどっぷりとはまり、毎日何を作ろうかと考えるのが苦痛になってしまった。それまでの私はただただ料理が楽しくて、作りたいレシピが多すぎることで悩んでいたくらいだったのに。料理が気儘な「趣味」から日々こなすべき「生活」になったとたん、何を作ればいいのか急にわからなくなってしまった。
一方で、結婚をきっかけに料理のモチベーションが上がったのもまた事実だった。自分のためだけに作るのもいいけれど、自分の作った料理で大切な人に喜んでもらえるのは、やっぱりすごくうれしい。食べてくれる相手がいると思うと、一人なら適当に済ませてしまうシーンでも踏ん張れることがある。けれど、その純粋な気持ちは、いつの間にか「毎日ちゃんとしたごはんを作らなければ」というプレッシャーにすり替わっていた。
やる気はある。せめてこのくらいは作りたいという理想の食卓のイメージも頭に浮かんでいる。それなのに疲れが先に立ってしまい、心に身体が追い付かず、何を作ればいいのかがわからなくなっていく。その変化をうまく受け止められず、「みんなが当たり前にできるはずのこんなことすら、どうして私はまともにできないのだろう」と、自分を責め続けていた。
「しなくていい」を決めたら「したいこと」が浮き彫りになった
このままではいけないと感じた私は、「これ以上はしなくていい」というルールを自分の中に設けることにした。家庭料理はあくまでも生活の中のほんの一部だ。物理的に不可能なことは、最初からやろうとしなくていい。する必要もない。そう潔く開き直ると、滞っていた「生活の料理」は、面白いほどスムーズに回り始めた。
たとえば、一番負担が大きい夜ごはんは、最大でも一汁二菜までと決めた。これより減ることはあっても、増やすことはまずない。夫の帰宅に合わせてお米を炊き始め、その間に深めのフライパンでメインのテキトー調理に取りかかる。だいたい酒蒸しか、何かを弱火でじっくり焼くかの二択だ。火にかけておく間に、旬野菜の簡単な和え物と、残り物や乾物を放り込んだ汁物を作ったらそれでおしまい。ほとんど毎日、これだけで十分。
これで必要な栄養素はまかなえるし、しっかりとお米を食べれば、お腹も十分満たされる。20~30分ほどの調理内容だから、疲れていても苦痛に感じることなく、料理と向き合うことができる。「しなくていい」というルールを設けるようになってから、時間的にも精神的にもかなりの余裕が生まれた。この余裕のおかげで、私はかつて大好きだった野菜の焼ける音に耳を傾けられるような、穏やかな気持ちを取り戻すことができた。
他にも、「これ以上はしなくていい」と決めたルールにはこんなものがある。
・メインに使う食材はたんぱく源+野菜の2素材、副菜は野菜1素材でいい
・炊き込みごはんの日は一汁一菜で十分
・切り干し大根やひじき煮、きんぴらごぼうといった、市販のお惣菜でも手に入る副菜は作らない(生野菜の和え物が基本)
・毎日違う料理を作らなくていい
・おいしすぎなくていい
・そもそも毎日料理しなくていい
余計な思い込みを削ぎ落としたことで、自分や家族の心身とフラットに向き合えるようになり、私はようやく「何を作ったらいいのかわからない」という悩みからも解放された。さらに、しなくていいことを明確にしたら、相対的に「したいこと」が浮き彫りになった。
「ごぼうが旬だから、冷蔵庫の鶏肉とじりじり焼こう。夫の好きな粉山椒をふって、少しだけ味にアクセントをつけたいな」
「鯖が安いから、玉ねぎとトマト、残りのブロッコリーで白ワイン蒸しに。これで野菜がたっぷり摂れるから、今日は1品で完結させよう」
「風邪気味の今日は、少し手間をかけておろしレンコンとささみのスープを作ろう。お肉と野菜を放り込んだ炊き込みごはんを合わせて、あとは買ってきたお惣菜でボリュームを補えば満足!!」
家庭料理の醍醐味とは
家庭料理はずっと続いていく。だから、外食のように完璧な仕上がりなんて必要ない。食べ終わった後に、「あともう少し食べ続けていたかったな」と思えるような、やさしい味のシンプルな料理がちょうどいい。
いつも同じような味付けになってしまっても、それが我が家の味として定着していくなら、それこそが理想の形ではないか。少し飽きてきたら、食材の種類や切り方を変えてみたり、気分や体調に合わせて薬味やスパイスを加えてみたりすればいい。
テイクアウトだって外食だってうまく取り入れればいい。買ってきたものを自由にアレンジして、「こんなふうに食べてもおいしいね」と言い合いながら食べる楽しさもある。そんなしなやかさこそが、家庭料理本来の醍醐味なのだと私は思う。
〈「地球最期の日に食べたいものは?」長谷川あかりを驚かせた、夫の“まさかの答え”「私の理解をはるかに超えている…」〉へ続く





