〈「すき焼きの後はオレンジで口内をリセット」小学生の長谷川あかりがスーパーの店頭で実践していた“試食フルコース”〉から続く
SNSでのレシピ投稿が話題を呼び、現在は数々の料理本を手がけるなど幅広く活躍する料理研究家の長谷川あかりさん。高校時代の彼女が本格的に料理にのめり込んだのは、いつもお腹を空かせてイライラしていた友人の存在が大きいという。
ここでは、7月30日に刊行される自身初のエッセイ『タコ セロリ アボカド』より一部を抜粋してお届けする。長谷川さんが語る、渋谷のハチ公前でおいしそうにおにぎりを頰張っていた友人が教えてくれた「料理することの喜び」とは……。(全5回の4回目)
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憧れの「アボカドとタコのサラダ」
レシピ本に傾倒して以来、高校生の私は料理への好奇心が止まらない日々を送っていた。料理雑誌やグルメ雑誌、飲食店のレビューサイトから個人のブログ、果ては惣菜の成分表示まで、食にまつわる記述があれば何でも読み漁った。
そこから見えてきたのは、当時の食の最前線だ。2000年代半ばから2010年代前半にかけカジュアルなフレンチを出すビストロの人気が急速に高まっていた。ナチュールワインに合わせた料理を出す店が次々と誕生し、それまでのイタめしブームを塗り替えるように主役に躍り出る。中でも「アヒルストア」「ウグイス」「オルガン」の3店はどの媒体でも頻繁に紹介されており、まだお酒の飲めない高校生だった私は、成人したら必ずこれらの店に行くのだと心に誓った。
特に2008年に開店したアヒルストアは、わずか8席とスタンディングのみ、予約不可の人気店として名を馳せていた。看板メニューの「アボカドとタコのサラダ」は、一見シンプルながら無駄を削ぎ落とした潔い美しさがある。アボカドの淡いグリーンとタコの深い赤の配色もいい。一体どんな味がするのだろう。私にとって憧れの象徴だった。
店へ行くことが叶わない代わりに、私はビストロ風の料理も出すカフェへ足を運ぶようになった。「宇田川カフェ」「アティックルーム」「アナログカフェ」。本格的な飲食店へ通うための練習として、夕方から夜の時間帯に何度も出かけた。
巡礼に同行してくれたのはいつも友人のAだった。学校のあった目黒から渋谷、恵比寿、代官山。あのあたりのカフェはおそらく全部行ったと思う。彼女がお洒落などんぶりとコーラを頼んで食べている隣で、私はお酒の代わりに温かいコーヒーを注文した。ピクルスやオリーブ、チーズの盛り合わせ、カルパッチョにフムス、ビーツのポテトサラダ。牛肉のタルタル仕立てや、いちじくとリコッタチーズのタルティーヌ。家では出てこない食材や新しい味を学ぶ時間は刺激的だった。
ちなみにAはお腹が空くと我慢ができず機嫌が悪くなる性格で、いつも集合時間ギリギリに起き少し遅れて現れる彼女は、合流した瞬間に空腹でイライラしていることも少なくなかった。そんな彼女をなだめるため、私は自宅で握ってきたおにぎりをまず手渡すようになった。渋谷のハチ公前でおいしそうにおにぎりを頰張る彼女の姿は今思い出しても笑ってしまう。
おにぎりでひと息ついてもらった後は、大抵は方々にショッピングに出向くのが定番だったが、再び彼女が空腹に襲われたときにすぐにごはんにありつけるよう、遊び先の近隣のカフェを把握することが習慣になった。駅で顔を合わせた瞬間に彼女の表情から空腹具合を読み取り、調べ上げた外観やメニュー構成をもとに、彼女の好きそうなひと皿を脳内の地図からピックアップする。同時に自分の気になるメニューもチェックしておく。断片的な情報を繫ぎ合わせ、まだ食べたことのない料理の味を想像する時間は、時に実店舗を訪れるときを上回る楽しさがあった。
何でも「おいしい、天才だ」と言って食べてくれた彼女
私が料理にのめり込んだのは、いつもお腹を空かせている彼女の存在が大きい。彼女は私の作るものを、何でも「おいしい、天才だ」と言って食べてくれた。自分の手から生み出したもので誰かに喜んでもらえるのだと知ったとき、私は救われたような、自由になれたような心地がした。
あるとき彼女に好きな食べ物を尋ねると、「タコとセロリとアボカド」という答えが返ってきた。脈絡がないようでいて、どこか筋の通った3つの食材。その並びは当時の私にはとても大人びた響きに感じられ、好奇心を強く刺激された。これらを使いこなし、料理に仕立てられたらどんなにかっこいいだろう。どう組み合わせ、形にするか。試行錯誤の末に辿り着くひと皿は、私にとって初めて知る創造的な喜びだった。
彼女のために考えた料理はいくつもある。トマトとタコの少し辛い煮込み、アボカドとタコとにんにくの炒めもの、鶏肉とセロリのアンチョビクリーム煮。料理名を聞いた瞬間に、自分のために作ってくれたものだと伝わるひと皿に仕上げる。それが楽しくて仕方がなかった。
デパ地下で料理の勉強
カフェ巡りにも慣れたころ、私はデパ地下のパトロールを日課にした。未成年の私にとってビストロや高級店は敷居が高かったが、デパ地下に行けばそれらの店の味を数百グラム単位で手に入れられる。高級中華のニュアンス、和食店の出汁の深み、自分では思いもよらない食材の組み合わせ。一堂に集めたそれらの味を実際に確かめられるデパ地下は、私にとって最も身近で確かな答えがある場所だった。
学校が終わると湘南新宿ラインの帰宅ルートに沿ってデパ地下を巡った。渋谷の東急フードショー、新宿伊勢丹、池袋の西武と東武。最後は大宮で途中下車して、そごうとエキュートを歩く。日々通うことでメニューや季節の変遷が肌でわかった。
すべてを味わうには高校生のお財布はあまりに頼りない。結局、お昼代を切り詰め、高3からはバイトも始めて、金曜日はデパ地下で好きなものを買っていい日と決めた。100グラムずつ4種類ほど、2千~3千円かけた当時の私にとっては大きな買い物。キッシュ、パテドカンパーニュ、テリーヌ、ケールとキヌアのサラダ。家族にも分けず独り占めする。食材同士の意外な掛け合わせや彩りの妙、料理におけるチャレンジ精神の多くは、このショーケースの前で学んだものだ。
なだ万の「食べるスープ うにのなめらか風味」は、格別に忘れがたい。2層のスープを混ぜて口に運ぶと、うにの香りがふわりと鼻に抜ける。回転寿司のうに軍艦くらいしか知らなかった私にとってそれは革命的な味だった。これほどの逸品が、たった数百円で手に入る事実にも驚かされた。やはりデパ地下には、夢が詰まっている。
その後、20歳を過ぎてからウグイスやオルガンへはすぐに辿り着くことができたが、予約のできないアヒルストアだけはなかなか機会に恵まれなかった。「並んだらごめんね」と気軽に誘える夫はお酒を飲まず、かといって友人を誘って長い待ち時間に付き合わせる覚悟もできず、気づけば長い時間が流れてしまった。
作りたかったのは「目の前の誰かがうれしそうに笑っている時間」
先日、書籍を一緒に作ったスタッフさんと食事に行く計画を立てた際、「アヒルストアに突撃してみよう」という話になった。食に造詣の深い面々となら、並ばなければならないかもという不安すら楽しめると思えた。10年以上憧れ続けた店。当日、無事に入店できたときは感無量だった。
10年越しに食べたかった料理に出会えることは人生においてそう何度もない。夢にも出てくるほど何度も写真を見たアボカドとタコのサラダは、感激のあまり正確な味の記憶が飛んでしまったが、ただただおいしかった。
そのとき、いつもお腹を空かせていたAの顔が浮かんだ。今すぐに、これを彼女に食べさせたいと思った。私が作りたかったのは味のよしあし以前に、目の前の誰かがうれしそうに笑っている時間そのものだったのだと気がついた。
〈「誰かのために料理すると言いづらい時代になった」料理研究家・長谷川あかりが《夫が喜ぶメニュー》に違和感を覚えたワケ〉へ続く









