「地球最期の日に食べたいものは?」長谷川あかりを驚かせた、夫の“まさかの答え”「私の理解をはるかに超えている…」〉から続く

 SNSでのレシピ投稿が話題を呼び、現在は数々の料理本を手がけるなど幅広く活躍する料理研究家の長谷川あかりさん。7月30日に刊行される自身初のエッセイ『タコ セロリ アボカド』では、半生を鮮やかな料理の記憶とともに振り返っている。

 ここでは本書より一部を抜粋してお届けする。子どものころ、両親の買い物に付き添ってスーパーを散策するのが楽しみだったという長谷川さんが、大人になった今も大事にしている「試食の流儀」とは……。(全5回の3回目/最初から読む

長谷川あかりさん ©平松市聖/文藝春秋

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子ども時代の楽しみは“スーパー散策”

 自動ドアが開くと、冷たい空気が足元を抜ける。視界に飛び込んでくる、ツヤツヤと光る色とりどりの野菜。子どものころ、親の買い物について行き、スーパーを散策するのがささやかな楽しみの一つだった。最大の目的は試食。親が買い物カゴを手に取り、青果コーナーから順路を辿り始めるのを尻目に、私はまず偵察の一周に出る。

 野菜売り場の端に置かれたむきたてのオレンジや、精肉コーナーのホットプレートから上がる湯気。足早に通り抜けながらすべての試食スポットを目視し、魚コーナーから一番奥の惣菜売り場まで、一通り把握してようやく偵察を終える。販売員の配置とメニューを頭に叩き込み、最適な巡回ルートを組み立てる初動こそが、その日の充実度を左右する。

 いよいよ本番。まずはウインナー売り場へ急ぐ。当時、近所のスーパーは試食が充実しており、ハーブレモンやチョリソー、ブラックペッパーなど数種類の試食用ウインナーが蓋付きのトレイに並んでいた。食べ比べを促すポップが添えられたあの光景を、最近はもうあまり見かけなくなってしまった。

 ウインナーを味わった後は、新商品のタレを使った牛肉のすき焼きが試食できる精肉コーナーへ向かう。こうした調理系の試食は親を伴うのが無難だが、その日は小さな紙コップに入った温かいひと切れをすんなりと渡してくれた。ここで一度、口の中をリセットするために青果コーナーまで引き返し、タッパーに入った旬のオレンジを1つ。

「おいしいものはちゃんと買って応援」するのが試食の流儀

 そこからようやく親と合流する。母の腕を強引に引っ張り、まずは先ほどの試食で心に決めたウインナーが待つ売り場へ連行。買わなきゃいけなくなるから食べるなと言ったのにと怒る母を無視し、お目当てのフレーバーをカゴへイン。だって、もう食べちゃってるから仕方ない。

画像はイメージ ©AFLO

 続いて精肉コーナーへ。店員さんはおかえりなさいと私を迎え、父と母と私の分までもう一度すき焼きを差し出してくれた。おいしいと私が大きな声で言ったのを合図に周囲の客が一気に集まり、次々とすき焼きのタレが手に取られていくのを見て、当然のように父も1つカゴに入れた。

 滞在時間は残りわずか。ここでクラッカーにチーズをのせたものや、ふりかけを混ぜた小さな握り飯などの炭水化物があれば申し分ない。締めた後はやはり最後にもう一度、フルーツで口をさっぱりさせたくなる。再度青果コーナーへ戻ってカットオレンジを食べ、商品を2つ手に取って親の元へ。試食フルコース、完。

 コロナ禍で消えていた試食も、最近は少しずつ戻ってきた。いい大人になった今も、試食コーナーを見つけるとつい気持ちが浮き立ってしまう。さすがに下見をしてコースを構築するような真似はしないが、試食が充実しているスーパーにはつい足が向く。今も試食しておいしいと思ったものはちゃんと買って応援している。それが私の試食の流儀なのだ。

「渋谷のハチ公前で、イライラする彼女におにぎりを…」高校生の長谷川あかりを料理にのめり込ませた、“いつも空腹の友人”との特別な関係〉へ続く