〈「やりたくない仕事」「不本意な異動」を命じられたら…真山仁が語る『ハゲタカ』誕生秘話と「失敗のすすめ」〉から続く
「『ロッキード』は、『正しいを疑う』視点があったからこそ書けた」
シリーズ累計270万部突破の『ハゲタカ』で2004年にデビューした小説家の真山仁さん。初めて手掛けたノンフィクション『ロッキード』(文春文庫)は、ビジネスパーソンの利用が多い丸善丸の内本店で、発売直後から11週連続で文庫売上1位を記録するなど、ロングヒットとなっている。すでに“結論”が出ている事件が、今も尚、なぜこれほどの関心を集めるのか。それは、誰しもが心の底に持つ、「真実——本当は、いったい何が起こっていたのか——を知りたい」という思いゆえかもしれない。嘘に塗れた現代社会のなかで、真実に近づくための思考プロセスを真山さんに聞いた。
「今さら、何が書けるのか」
異例のロングヒットとなっている『ロッキード』だが、小説家が書いたノンフィクションということでも、注目を集めた。執筆に至る経緯について、真山さんはこう語る。
「ロッキード事件については、すでに語り尽くされている。打診を受けた当初は、今さら、何が書けるのかと思っていました」
これまでに、多くの先人たちが事件解明のために研究し、膨大な数の書物を世に出している。小説ならともかく、ノンフィクションで書く余地などない。
だが、週刊文春の編集長(当時)は諦めずに口説き続けた。常に疑いを持ち、問いを立てて仮説を妄想にまで仕立てることが出来る小説家がとらえるロッキード事件、ひいては田中角栄の実像を知りたい。読んでみたい。
「真山さんになら、それができるのではないですかと言われました。そこまで言ってもらえるなら、やってみようかと決意しました」
ロッキード事件の資料は段ボール100箱以上
ところが、手を付け始めて、呆然とした。事件への直接の関係者の多くが、既に鬼籍に入っている。これ以上の新事実など出てこないのではないかという不安に襲われた。
「それでも、まずは自分自身の目で、フラットに膨大な資料に当たろうと思いました」
関連書籍に目を通すのはもちろん、一次資料である検察調書を入手して読み込んだりもした。その他、とにかく手に入る限りの資料を集めたという。その量は、段ボール100箱以上。仕事に支障を来すほどの量の資料が、事務所を占拠した。
「先入観を取り除き、事実をそのまま受け入れるのではなく、時に事実を疑い、複数の仮説を立てて事件を再構築していこうと努めました」
定説になっていることも一から検証
大事なのは、思い込みにとらわれないこと。世間で定説になっていることに対しても、一から検証を続けた。
「すると、色々と違和感が沸いてきたのです」
たとえば、検察側の主張の中の、田中角栄への現金授受の場面。発覚するリスクの高い行為が4回も行われているという回数の多さ。しかも、白昼堂々と行われている。とりわけ、珍しく都内が大雪だった日に行われたという3回目への強い疑問。供述通りの時間内に億単位のお金を運ぶことが出来るのかどうか、ストップウォッチで時間を計りながら経路を実際に車で走ったりもした。
「違和感から仮説を立てて、検証する。その結果集まった事実のピースを再構成して全体像を“妄想”し、さらにそれを元に新たな仮説を立てる…という連続でした」
愚直にそれを繰り返すことで、新事実が現れ始めた。また、週刊誌の連載であったことも功を奏し、記事を読んだ関係者から「話を聞いてほしい」「今なら話せる」と連絡が入り始めた。その中には、これまで一度も取材を受けていない人もいた。ロッキード事件に、真山さんの視点による新たな光が当たり始めた。
「『ロッキード』を多くの読者が楽しんでもらえているのは、その思考や事件の再構築の過程の面白さが大きな理由かもしれません」
疑問の一つひとつを、決して妥協することなく、安きに流れることなく追求していく姿勢。それによって、時に現れる新しい事実から仮説を再構築していくプロセス。うまくいくこともあれば、そうじゃない場合もある。あと一歩が及ばず、証言者を永遠に失ってしまうケースもあった。
「真実を探索する一歩一歩を成功も失敗も含めて丁寧に描けたことは、この本の一つの成果でした」
自分の言葉で変換すると…
この春から真山さんと共に私塾「正疑塾」を共催する教育家の荒木博行さんは、『ロッキード』を読んだ後、こう問いかけてきたという。
「どうして、あんなことができるんですか」――“あんなこと”、すなわち、事実を集め検証するのがノンフィクションだが、そこに新しい視点を加え、事実を再構築した上で、説得力のある仮説を立ち上げる――ということを指す。
「調査し取材し、それをまとめるだけでも大変なのに、必要な事実を選別し、そこから今まで誰も考えたことがなかった“新しい構図”を生み出すのは、思考法そのものが違うからじゃないのか」―― 荒木さんから、そう尋ねられて、真山さんはこう答えたという。
「調査や取材をして得た事実を、一度自分の言葉で変換する作業を常に心がけている」
その変換作業の前には、入手した事実に疑いの目でフィルターをかける。もしその事実に疑義があった場合は、なぜ、そこが歪んだのかを考える。真実が別にあるとすれば、それはどういうものかを考え想像する。
「そうすると、別の絵が浮かんでくることがあるんです」
それを、「週刊文春」の編集長は、「妄想」と呼び、荒木さんは「独特の構築力」と呼んだ。ビジネスシーンや情報収集の過程で「問いを立てる」重要性を説き続けている荒木さんから見ても、真山さんが『ロッキード』で見せた思考プロセスは驚きだったようだ。
「『ロッキード』執筆の過程の中で繰り返した、事実を疑う意味と方法を、様々なテーマ別に整理してまとめたのが『疑う力』(文春新書)です」
押し付けられた「正しさ」への違和感を見過ごさず、嘘がまかり通る社会で自分自身の信じる「正しさ」を拠り所に歩み続けるために、疑う力が、今、必要とされている。
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