中井聡子、中学2年生。西田沙都子35歳。飯島里子55歳。
初恋に不倫、家族に塩辛への愛(!?)。3人の「さとこ」たちには、書かずにいられない物語があった――。
1
聡子はいつも、考え事をすると口が半開きになる。それは幼いころから患っているアレルギー性鼻炎が原因だ。小学生の頃から近所の大江耳鼻科に通い、中学生になった今も、月に二、三回は必ず行くようにしている。
昔は棒みたいに細いおじいちゃんの先生が診てくれていたが、聡子が中学生になると、巨漢の息子が、その棒先生にとって代わった。
診察料は決まって580円。診察の最後に行うネブライザーの代金と言っていい。
ネブライザーとは、鼻や口にノズルを嵌め霧状の薬品を吸い込む医療器具のことだ。大江耳鼻科には昔から三台のネブライザーが設置してあり、患者はおよそ三分の間、そこに静かに座ってなくてはならない。
聡子は昔からこのネブライザーが嫌で嫌で仕方なかったが、そのうち慣れてくると考え事をするのにもってこいの時間だと気がついた。今や大事な瞑想の時間になっている。
全く上達しないソフトボールのこと。ソウルメイトのかなぶんがどんどんギャルになっていく件、嶋っちょのコスプレ問題、じわじわと迫りくる高校受験のこと、などなど。シリコン製の鼻ノズルを装着しながらそんなことを鬱々と考えていると、やがて半開きの口から水蒸気となった薬品の真っ白な煙がモクモクと浮かび上がり、吹き出しのように宙を舞った。
今日、考えているのは、主に塩辛のことだった。
父の圭吾が好きで買ってくる、オレンジ色の塩辛の小瓶。ついこの間、興味本位でつまんでみたら衝撃的に美味しかった。それ以来、気がつくと毎晩のように食べている。塩分のせいか、朝起きると顔がパンパンに腫れていることがある。
これは将来、酒飲みになるぞ、と圭吾に言われた。
半開きの口がさらに開いてきたところへ、看護師の井上さんに案内され、カーテンの奥の診察室からもう一人患者がやってきた。
同級生の早瀬勇だった。
学校で特に話すことはないが、ただ存在は知っている。たしか卓球部だったか。色黒で背も高く、一見バスケ部みたいだが、体育館を追いやられ、それでも狭い廊下で健気に卓球をしている姿をたまに見かけたりする。
咄嗟に顔を背けたが、逃げ場などどこにもない。
「あれ、中井じゃね?」
「ああ、うん」
鼻の穴にはノズルがささっている。観念するより他になかった。
早瀬は井上さんに促され、ひと席空けた隣に座った。鼻ノズルを持ってきた井上さんが、何だか興味ありげに聞いてくる。
「何? 知り合い?」
「同級生で」
早瀬に口を開かせる間もなく、聡子が答えた。
「ふうん」
ネブライザーのやり方だけ簡単に教えると、井上さんはカーテンの奥へ消えていった。気まずい空気が充満し、聡子がたまらず口を開く。
「早瀬くんもここ?」
「いや、なんか、いつも行ってるとこが空いてなくてさ」
「ああ、そうなんだ」
早瀬がノズルを微調整している。どうもしっくりこないらしい。
「ねえ、これでホントに合ってる?」
「合ってる、合ってる」
土曜日ということもあり、私服姿の早瀬を初めて見た。おかしなフサフサの犬のキャラクターが描かれたヨレヨレのスウェットを着ている。家に帰ったらそのままの格好で寝てしまいそうだ。
とはいえこっちだってもう何年着ているかわからないような、色の褪せたパーカーだ。人のことは言えない。
やがて早瀬の口からも、真っ白い煙が噴き出した。
同じように煙を出す聡子を横目に見た早瀬が、デリカシーのカケラもなく、ケタケタと笑い出す。
「中井、口からすげえ、煙出てるよ」
「うん、あんま見ないで」
しばらくは大人しかった早瀬だが、次第に飽きてきたのか、今度は自分の口に溜めた煙を思い切り吐き出してみせる。
「ウケるね! これ」
あまりに楽しそうにやるので、つい聡子も同じように吐き出した。
ほれみたことか。こちとら年季が違うのだ。
煙を自由自在に操り、勝ち誇ったように隣を見ると、悔しくなった早瀬がもっと大きな煙を吐き出そうと頰を膨らまし、口に思い切り溜め、吐き出す。
横並びの二人が、交互に煙を吐き出している。次第にセッションになっていく。いよいよ盛り上がってきたところで、聡子のネブライザーが終わるブザーが鳴った。遊園地での楽しかったアトラクションが終わってしまうような寂しさがあった。
器具を外し、診察室にいる井上さんに自ら声をかけた。
「終わりましたー」
いつものように、カーテンの奥から、井上さんが半分だけ顔を出した。
「はーい、置いといてー」
ゆっくりと席を立ち、残った早瀬に声をかけた。
「じゃあ、お先」
「中井、いつもここ?」
帰ろうとする聡子に早瀬が尋ねる。
「うん、私、アレルギー性の鼻炎で、子供の頃からここ通ってて」
「えー、じゃあ俺も、次からここにしようかな」
「……う、うん、いいんじゃない」
「そっか、じゃあ、また」
「うん、また」
後ろ髪を引かれながら、診察室をあとにした。
いつもの荒川沿いの土手道を、中学生になってようやく買ってもらった二十六インチのブリヂストンの銀色の自転車を漕いでゆっくりと帰る。
途中に広い草野球場があり、少年やおじさんたちが和気藹々と野球をやっているのをよく見かける。今日は少年野球の試合がどうやら佳境を迎えているらしく、保護者たちの歓声が飛び交い、俄然、活気付いている。
まっすぐ家に帰るのが惜しくなった聡子は、自転車を止めると土手の縁に腰掛け、バッグから取り出した水筒のお茶を飲みながら可愛い熱闘を見届けることにした。
フェンス越しに、缶チューハイを片手に持ったどこかのおじさんが観戦している。少年たちの一球一球に過剰に反応し、まるでコーチのようにフェンスの外から檄を飛ばしている。
よく見れば、体格のいいキャッチャーの子のお尻に小さな銀杏の葉がくっついていた。
どこかに落ちた上に腰を下ろしたのだろうか。はたまた風で飛んできたのが、そのまま何かの拍子にくっついたのか。誰か取ってくれと、こっちに向かって助けを求めているようにも見える。
お尻の銀杏を眺めながら、静かに目を閉じた。
〈キャッチャーの 尻の銀杏で 秋を知り〉
ゆっくりと目を開く。
『尻』と、『を知り』がかかっている。季節感もある。
うん。我ながらよくできた句だ。キャッチャーの部分が全くの意味不明だが、まあいいだろう。
一人でうんうんと頷いていると、突然大きな打球音がした。バッターの打ったボールがライト線を破って飛んでいき、一、二塁にいたランナーの子たちが全速力でベースを回る。
「回れー! 回れー!」
チューハイのおじさんが叫びながら、腕をぶん回している。その真似をして、聡子も水筒を持ったまま大きく腕を回した。
「回れー! 回れー!」
思い切り叫んだ。
それに気づいたチューハイのおじさんが嬉しそうに、負けじと更に大きな声を張り上げる。
「回れー! 回れー!」
どうやら二人目のランナーが逆転のホームを踏んだらしい。保護者たちは皆総立ち、大歓声である。
こうして少年たちによる大激戦は、最終回の逆転で幕を閉じた。が、相変わらずキャッチャーの子の銀杏はしがみつくように、お尻にくっついたままだった。この後、更衣室で着替えた時か、それとも家に帰ってから、風呂場の脱衣所あたりで気づくだろうか。
さて、こちらもそろそろホームへ帰るかと、聡子は水筒のお茶を飲み干し、ゆっくりと腰を上げた。
2
毎日のように、早瀬を目で追うようになってしまった。朝、登校すれば、まず早瀬がいるかどうかを確認し、授業が始まれば少し前の席に座る早瀬を斜め後ろから眺める。おかげで彼がよくゴリゴリと肩甲骨を鳴らしているのを知った。
なんて綺麗な音。骨と骨がぶつかり合って奏でるハーモニー。自分も同じように鳴らそうとしたが、早瀬のようには綺麗に鳴らなかった。
恋をしていた。だが実を言えば、同じくらい恋が怖かった。
小学五年生の体育の時間、好きだった宮﨑くんからのバスケットボールを顔面に受け、鼻血を出したことがある。自軍近くでボールを取った宮﨑くんが相手に囲まれ、なりふり構わず投げたボールが、そのまま顔面に直撃したのだ。鼻血を出した聡子は、ラインの外まで連れ出されると、しばらく休むように指示された。
もしかして、宮﨑くんが心配のあまり傍に付き添ってくれるかもしれないと内心ソワソワしていたのだが、当の宮﨑くんは、そのまま何事もなかったように楽しそうにゲームを続けた。そんな彼の姿に大きなショックを受けた。
宮﨑くんは、授業が終わると、最後にちょっとだけ目の前へやってきて「わりい」と一言、笑顔で謝った。それから聡子の鼻はほんの少し曲がり、元に戻っているか今も不明だ。
あの日から三年。思えば聡子の恋は、鼻と無縁ではいられないらしい。しかしあれを自分の初恋とカウントするにはあまりにも忍びない。初恋ではない。断固拒否したい。
昼休みは、決まって昼食を持って屋上へ向かう。だいぶ肌寒くはなってきたが、教室で黙って静かに食べるよりはいい。聡子の通う岡江中学校は、珍しく昼休みに屋上が開放されるのだ。普段は立ち入り禁止で鍵がかかっているのだが、コロナを境にして、昼の間だけ出入りができるようになった。
幼稚園からのソウルメイト、かなぶんこと金沢文子に耳鼻科での一件を伝えると、かなぶんは購買の人気商品、ダブルチョコデニッシュを食べながら呟つぶやいた。
「それで、好きになっちゃったと」
「まあ……はい」
聡子が恥ずかしそうに答える。
「だってそれ、二人とも、鼻から煙出てたんでしょ?」
「いや、口からだけど」
「知らないけど。ああまあ、でも早瀬かー、わりと人気あるからなー」
「え、そうなの?!」
「そうだと思うけど」
「なんかさ、今日もさ、教室でいつもと違って見えるっていうかさ、もはや、目が見れなくなってしまったというか」
「えー、どうすんの? バレるよ、それ」
「もうさ、鼻の穴になんか突っ込まれてるの見られてるわけだしさ、怖いものは、なんもないんだけどね」
「告コクっちゃえば? その耳鼻科で」
「いやいや、絶対ないでしょ」
「鼻から煙出しながら」
「いや、だから口だって!」
かなぶんはそんな聡子のことを面白がっている節がある。というのも、かなぶんには最近、彼氏ができた。相手は同じ進学塾で知り合ったという三年の男子、テルくんだ。年が一つしか違わないくせに、大人の恋をしているとでも思っているのだろうか、こと恋愛に関してはだいぶ先輩面づらをする。そのせいで、最近のかなぶんのメイクは前よりも気合いが入っている。間違いなくギャル化している。
そこへランチ会のもう一人のメンバーである、嶋っちょこと嶋幸子が、何やら大きなカップ麺を持って走ってきた。よく見ると、青いパッケージに辛そうなソースの写真と、白いハングル文字が書いてある。
「みてみてー」
転んで中身が全部飛び出しそうで怖い。かなぶんが、興奮のあまり叫んだ。
「は? うっそマジで?! 本物? それはもしや、ナムさんが、インスタで食べてたビビン麺ではないですか!」
ナムさんとは、韓国のアイドルグループBTSのメンバー、ナムジュンのことである。配信動画でナムさんがこのカップ麺を食べていたことで、日本でも人気が爆発したのだ。
「やば! ほんとにあるんだね、それ」
かなぶんほど熱狂しているわけではないが、聡子も存在だけは知っている。というより、かなぶんたちから特に知りたくもない情報を聞かされるのである。
「兄貴が昨日、新大久保で買ってきた」
隣に座った嶋っちょが、自慢気に麺をかきまぜる。
「相変わらず嶋っちょの兄、やるなー」
「かなぶんも今度、彼氏に買ってもらえばいいじゃん」
彼氏の話をされると、途端にかなぶんの顔がニヤけた。
「えー、テルくん、一緒に行ってくれるかなー」
テルくん。本名は、葛西照之らしい。なんて安易なネーミング。
「かなぶんが言えば、聞いてくれるよ」
「いいんじゃない? 新大久保」
「えーでもちょっと怖くない? 日本人が一人もいないって聞いてるよ」
「そんなわけないでしょ」
思ったより辛いのか、ビビン麺を食べる嶋っちょが、一口食べては咽せている。水筒の水を飲みながら、それでも愛するナムさんを想って一生懸命に頰張っている。
「何? 何の話してたの?」
「ああ、なんか聡子が早瀬のこと好きになっちゃったんだって」
なんの断りもなくかなぶんが嶋っちょに言うので、弁当を噴き出しそうになる。
「ねえ、かなぶん、せめて自分で言わせてー」
かなぶんに謝る素振りはない。ニヤニヤと笑うばかりだ。
「ああ、早瀬君かー、わりと人気あるからなあ」
「かなぶんと同じこと言ってる」
「たしか前に二組の近藤さんと付き合ってたよね」
「え!? そうなの!?」
かなぶんが大きな声を出した。当の聡子は声が出なかった。あんな廊下でせせこましく卓球をやっている人に、彼女がいたなんて。
余計なことを言ってしまったと、慌てて嶋っちょが補足する。
「ああ、でも、もう別れてると思う!」
かなぶんと聡子が、思わず顔を見合わせた。
「お、聡子。今フリーだってよ」
動揺を隠そうとしたら顔が引き攣った。平常心を保とうとすればするほど、不気味な苦笑いになってしまう。かなぶんがその顔を見て、またニヤニヤと笑っている。いやなやつ。
ビビン麺の辛さに耐えきれなくなった嶋っちょが、口の中を手で扇ぎ助けを求めた。
「ねえ、かなぶん、ちょっと食べる?」
「おお、いただくわ」
どうやらかなぶんはこの手の辛さが平気らしい。
「これ、おいしいね。新大久保行かないと買えないのかな」
「いや、アマゾンで売ってるでしょ」
身も蓋もない。
「アマゾンのと、新大久保で売ってるの、微妙に違いそう」
訳のわからないことを言う嶋っちょが、今度はかなぶんのダブルチョコデニッシュを勝手に食べて、辛さを緩和しようとしている。
「聡子も食べる?」
「じゃあ、一口」
と口に入れた途端、痺しびれるような痛みが走る。かなぶんの舌はどうなっているのか。一回取り出して調べたほうがいい。
「ねえ、今日、部活どうする?」
かなぶんが憂鬱そうに聡子に聞いた。
二年生まではどこかの部活に入らなくてはいけないと決まっている。圭吾から勧められ、
ソフトボール部に入ったのが間違いだった。適度な運動を求めていたのに、顧問の大森先生は普段の化学の授業では絶対に出さない野生的な大声を出すし、七色に光るスポーツタイプのサングラスをかけていて見た目だけプロだ。
「行きたくねー」
かなぶんと同じ顔して答えた。
アニメ研究部の嶋っちょは、自分には関係がないとばかりにビビン麺を啜すすっては、たまらずに水を飲んでいる。気がつけば三人とも口の周りが真っ赤だ。
3
広い校庭の隅で一人、聡子は真っ白いユニフォームに身を包み、グローブをはめて突っ立っている。ライトを守っているので、どうせボールなんて飛んでこないだろうと、高をくくっている。と思ったら、飛んでくるのがライトフライだ。
「ライト!」と、どこからともなくチームメイトたちの大きな声が迫ってきた。聡子はウロチョロと落下点に向けて歩き回るものの、土壇場で怖くなり本能的に、逃げた。
ライト線をやぶった打球を必死で追いかけると、奥にいるテニス部員たちが親切に拾ってくれる。丁寧なお辞儀をしてボールを受け取り、かけつけたセンターのかなぶんに渡した。
「ぎょえい!」と言葉にならない大声を上げ、肩をぶん回してボールをホームへ投げたかなぶんが、顔をしかめている。あの様子だと腕を痛めたのだろう。
「保健室、行ってきま~す!」
かなぶんを連れて聡子は逃げた。
こんなコントみたいな二人が外野を守っているのだから、岡江中ソフト部は、毎回地区予選一回戦負けの弱小だ。
部活が終わる頃には、すっかり空は暗くなり、あとはクタクタのまま家に帰るだけである。学校から自転車で二十分ほど走った聡子のマンションは、小ぶりだがそれなりに新しい。
エントランスのポストを覗のぞくと、どうでもいいチラシをろくに見もせずに、どうでもいいチラシを捨てるためだけに設置されたゴミ箱に捨てて、エレベーターで三階まで上る。
「ただいまー」
と帰るなり誰にともなく声を出す。ダイニングにいる圭吾がスマホで野球を見ていた。夕飯前だというのに、マグカップに入れた黒くろ霧きり島しまをロックで、小皿に盛った塩辛をつまみに一杯やっている。
「見ろ、大おお谷たにすごいぞ」
エプロン姿の母、美津子もまた圭吾と一緒になり、大谷の活躍を実の息子のように見守っている。
おかえりよりも先に圭吾が言った。
「あっそ」
呆れた聡子はそのまま自分の部屋に直行した。
スポーツメーカーに勤務している圭吾は、肘を悪くしてやめたが、数年前までは草野球のスターであった。全面にどでかく野茂英雄がプリントされたTシャツをパジャマ代わりに着ている。着すぎて首元がもうヨレヨレだ。
野球しかしてこなかった人生。今はこうして黒霧島をちびちび飲みながら、人が野球しているのを見るのだけが楽しみなのである。
部屋でリュックだけおろすと、ダイニングに戻りキッチンで手を洗う。いつもの癖だ。
「あんた、手ぇ洗面でやんなさいよ」
「やだ面倒くさい」
もう何度このやりとりを美津子と繰り返しているかわからない。
「カレーできてるけど、もう食べる?」
「は? 食べる」
偉そうに答えた。一人っ子の聡子は実家の王様だ。美津子が重い腰を上げてカレーを温め直す。
「あ、そうだ、お母さん、あとでお金ちょうだい」
「なんで?」
「なんか、学校で歌舞伎観にいく授業あるらしい」
「え、それでなんでお金かかるの?」
「だって、帰りに、かなぶんたちとカラオケ行くから」
「歌舞伎関係ないでしょ」
圭吾がわざわざダイニングから口を挟んでくる。
「お前に、歌舞伎なんてわかんのかよ」
「は? わかるわけないじゃん!」
軽く逆ギレすると、聡子はダイニングのいつもの席にどかんと座った。
「あー、今日も一日、頑張りましたぁ~」
まるで中年のサラリーマンである。両足を開くだけ開き、目の前で晩酌をしていた圭吾の塩辛を奪って食べた。
「塩辛うまー、やっぱこれだな」
と呟く。
「おっさんか」
呆れたように圭吾が笑う。
「おっさんだ」
と十四歳のおっさんが低い声で返す。
子供の頃から変わらない、ボロボロの木の椅子にだらりと座ったおっさんは、
「ねえ、カレーまだ?!」
と王様気取りで美津子を急かす。
「ちょっと待って!」
キッチンで怒鳴る家来の声がする。






