科学の分野において、数字は真実を語るためのツールだ。ただ何となくこちらが大きい、あちらが強いといった曖昧な物の見方を脱し、対象をはっきりと数値化して比較することこそが、科学の第一歩であった。当然、科学と数字は不可分なものであり、数字の扱いの進歩と共に、科学は進展を遂げてきた。

 と、偉そうに書いてしまったが、科学ライターにとって数字の扱いというものはなかなか難しい。たとえば宇宙の年齢が約138億歳と聞かされて、この数字はいつ誰がどうやって算出したものか、どの桁まで信頼してよいのか、しっかり調べた上でないとうかつなことが書けない。また、科学をわかりやすく語るためには、数字をうまく使うことは不可欠だが、下手をすれば理屈っぽくなり、忌避される原因にもなる。数字との取っ組み合いは、科学の書き手として一生のテーマであり、本書はそのささやかな集成である。

 本書は、月刊「文藝春秋」の2016年9月号より連載を開始した、コラム「数字の科学」を一冊にまとめたものだ。毎月、科学にまつわる何らかの数字を選び、そのテーマに沿って書くというスタイルで10年間続けてきた。編集者氏にこのコンセプトを提案された時には、ああなるほどそれはよさそうですね、何しろ科学と数字は不可分ですからねと気安く引き受けてしまったが、数字に絡んだテーマを見つけてくるのも、毎月となるとなかなか難しいことであった。少々こじつけ気味のものもあるが、そこはご容赦いただきたい。

 400ページにも及ぶ分厚い誌面に、中身が濃い記事がぎっちりと満載された「文藝春秋」誌にあって、1ページきりの科学コラムは正直あまり存在感が強いとはいえない。筆者自身、毎月自分のコラムが載っている場所を探すのに苦労するほどだ。弁当でいえば、漬物のような立場だろうか。豪華なトンカツや唐揚げを食べた後、気が向いた人だけが口直しにポリポリとかじるが、気づかずに残されてしまうことも多い。漬物目当てに弁当を買う人などは(筆者自身を除けば)まずいない、とまあそんなポジションだ。

 とはいったものの、天下の「文藝春秋」ともなれば、やはり漬物もそこらのものとは一味違うね、と読者に思っていただかねばなるまい。どんな食事にもマッチして、抵抗なく食べられるけれども、ちょっとしたスパイスやパンチが利いていて、ついもう一切れ食べてみたくなる──そんなコラムに仕上げることを目標に、コツコツと書き続けてきた。

 その漬物たちが詰め合わせとなって、こうして晴れて世に出ることとなった。書籍化に当たり、「この4月」を「2017年の4月」といった形に改めた他、表現を修正した箇所がいくつかあるが、ほぼ雑誌掲載時そのままの文章を収録している。また、その後の進歩によって判明した事柄などについては、(追記)として書き加えた。

 10年という時間は、長い歴史の中ではほんの一瞬かもしれないが、仔細に見ればいろいろと大きな変化がある。本書が、読者諸氏が過ごした10年という時間を、科学という側面から振り返るきっかけになれば、著者として嬉しく思う。


「まえがき」より