8月5日の発売以来、異例の勢いで読まれている、東野圭吾さんのガリレオシリーズ最新長編『永遠の記憶』。発売前から重版が決まり、発売16日で5刷43万部に達した。その誕生をたどると、2年前に始まった約1万人参加の読者企画に行き着く。「そのタイトルで僕が短篇を書く」――東野さんが読者と交わした約束は、思いもよらないところまで創作を広げていった。
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東野さんは、ガリレオ既刊すべてに「もう1つのタイトル」をつけた
2024年、ガリレオシリーズ第10作『透明な螺旋』の文庫化にあたり、シリーズ既刊文庫に新しい帯を巻く企画が進められていた。
編集者が東野さんにお願いするつもりだったのは、作品の成り立ちや内容を自ら解説する「自己解題的キャッチ」。ところが、企画書には「自己“改”題的キャッチ」と誤記されていた。
「これって、これまでの作品のタイトルを変えろってこと?」
東野さんはやや訝(いぶか)しんだあと、しばらく考えて、こう言った。
「いや、ちょっと待って。これは面白いね」
作者が創作の苦心や読みどころを自ら解説するよりも、既刊に「もう1つのタイトル」をつけるほうが新しい。東野さんはそう考えた。早速その場で『真夏の方程式』につけられた“新タイトル”が、
花火をしてはいけなかった夜
だった。
1文字の間違いを、東野さんは新しい遊びに変えた。やがてガリレオシリーズの既刊すべてに、「もう1つのタイトル」をつけて、帯キャッチとして編集者に渡した。
「そのタイトルで僕が短篇を書く」――東野さんが読者と交わした約束
さらに打ち合わせは続き、読者にもガリレオ短篇の「新しいタイトル」を考えてもらう、という企画はどうだろう、という話が出た。
しかし、東野さんはただタイトルを募集するだけでは、物足りないと考えた。
「短篇のタイトルを募集して、最優秀賞を決めて、そのタイトルで僕が短篇を
書く。それが一番、読者が驚いて喜んでくれるんじゃないか」
こうして始まったのが、キャンペーン「東野圭吾を爆流(バズ)らせろ!」だ。
応募者は約1万人。寄せられたタイトルは2万9000件を超えた。最優秀賞には、「いろんなストーリーが思い浮かぶ」という理由で「日常る(つづける)」が選ばれた。東野さんは約束どおり新作短篇を書き上げ、「週刊文春」誌上で発表した。
読者の考えたタイトルが、本当に東野圭吾作品になった。
それだけでも、十分に大きな驚きだった。
読者との約束は果たされたはずだった。だが…
ところが、東野さんは「日常る」を書いて終わりにはしなかった。最優秀賞以外に、4つの優秀賞が選ばれていた。そのタイトル群を眺めながら、
「他のタイトルでも小説を書いたら、みんなもっと驚いてくれるんじゃないか」
それは募集要項にはない、東野さんから読者へのサプライズだった。
これで新しい短篇集が編める。周囲はそう考えて喜び、総タイトルを決め、装丁の準備も進めていた。
春になった、ある日のこと。東野さんから、突然原稿が届いた。
短篇集の準備が進むなか、東野さんから原稿が届いた
担当者は早速、読み始めた。ところが原稿は、いつまでたっても終わらない。それでも、先が気になって読むのをやめられなかった。気が付いたら、2時間を超えていた。
届いたのは短篇ではなかった。
第一部「履歴る(たどる)」、第二部「終活る(ふりかえる)」からなる、新作長編だった。
2つのタイトルから、東野さんは事件を組み立て、登場人物たちの人生を考え抜き、長編として1冊を貫く謎を生み出した。しかもそれは、「ガリレオ、最後の謎」――シリーズ最大の謎を含む、誰も予想しなかった物語だったのだ。
「読者を驚かせる前に、まず編集者を驚かせる」
これも東野さんがよく語っていた言葉だ。その言葉通りのことを、東野さんは今回もやってのけた。それも、想像すらしなかった形で。
8月5日午前0時。『永遠の記憶』は書店でついに読者の手に渡った。
読者から寄せられたタイトルをきっかけに始まった創作は、2年を経て、東野さん106冊目の著作『永遠の記憶』に結実した。








