「対話」の重要性が、現在ほど叫ばれている時代はない。

 企業は、経済の低迷の中で、社員のやる気や創造性、個性や自信を引き出し、生産性を高めて、新しいマーケットを開拓しようとしている。また縦割りの組織を崩し、有能な人材がのびのびと活躍できるための「企業風土改革」も模索されている。そうしたニーズに応えるには、企業人ひとりひとりに高度なコミュニケーション能力が要求されるのは言うまでもない。

 親と子、教師と生徒とのコミュニケーションの質が、子どもたちの精神や学力の発達を大きく左右する、という認識も普及してきた。さらに、社会的弱者である高齢者や病者とのコミュニケーションの質的向上についても、模索が続いている。

 その一方で、社会の複雑化や閉塞感の中で、心に傷を負ったり、ストレスに押しつぶされたりする人の数も多く、自殺者は年間二万人に迫る。こうした精神にトラブルを抱える人々とどう接するかというのも、コミュニケーションの今日的なテーマとなっている。

「コミュニケーションの達人」というと、かつては話し上手で、的を射た情報を提供したり、おもしろい話ができたり、ためになるアドバイスができる人のことをいった。つまり、コミュニケーションの比重は、「話す」ことに置かれていたのだ。

 しかし、近年、「話す」ことより「聞く(聴く)」ことにその比重は移り、いかに「聞き上手」になるかが、コミュニケーションの最重要テーマとされるようになってきた。私の著書『愛と癒しのコミュニオン』『心の対話者』(ともに文春新書)は、その社会の変化を感じながら書いたものである。

 あなたの話し相手が、何かの悩みや問題を抱えていたり、憂鬱感や閉塞感を感じているときは、「聞く」ことの価値はさらに増す。その場合、「聞く」というより「聴く」、つまりじっくり耳を傾けて聞くことが重要となる。いわゆる「アクティブ・リスニング=傾聴法」と呼ばれる聞き方だ。相手の言うことを、否定も肯定もせず、ひたすら共感をもって受けとめてゆくのである。

 自らの気づきを促すことで、その人のもつ潜在能力を最大限に引き出せるようサポートする「コーチング」は、すでに多くの人の知るところとなったが、ここでも、コーチに求められる最大の能力は「聴く」能力である。

 悩みを抱えたり、心に傷をもつ人々のケアをする「カウンセリング」においては、まさに「聴く」ことが、そのすべてといっても過言ではない。

 とはいえ、たいていの人は、人の話を聞くより、自分の話をするほうが好きだ。「会話を楽しむ」というのは、互いの知識や思いをやり取りして、相乗的な楽しさを築いていくことであるわけだから、通常の会話で、「聞く」ことより「話す」ことに重きが置かれるのは、自然なことかもしれない。話し好きな人は、「あの人の話はおもしろい」と言われることをめざして、相手を楽しませる話をしようと努力するものである。

 しかし対話の目的が、互いの思いを理解し合ったり、互いの情報を共有することにあるとすれば、私たちは、もっと「聞く」ことの価値を認識しなければならない。自分のことしか話さない人が嫌われることには、多くの人が気づいている。だからこそ常識のある人は、相手に話をする時間を提供しながら、自分の話も聞いてもらおうと努力するのである。しかし、そのような人でも、多くの場合、本心では自分の話を相手に聞いてもらいたいと思っているのである。

 ここで、はっきり言えることは、もしあなたが「聞く」技能を高めたならば、対話の成果は、現在よりはるかに大きなものになるということだ。

 本書は『愛と癒しのコミュニオン』『心の対話者』を「対話」を軸に編みなおしたものである。

 対話には、さまざまな目的がある。

 世間話的な会話は、人間関係をスムーズにするためにある。友人同士の時間をかけた会話は、互いの思いを理解し合い、友情を深めるためにある。ビジネスの現場での商談は、互いのニーズをすり合わせ、契約を成立させるためのものだ。

 職場での上司と部下の対話は、報告や相談によって情報を共有し、業務を推進するためにある。また、何らかの問題が発生している場合であれば、その問題を解決するための知恵を出し合うことが目的となる。

 一方、何らかの悩みを抱える人との対話は、悩みを抱えている本人が、悩みを解消する方向に向かうことをめざしている。

 一言で「対話」といっても、その内容も目的も千差万別であり、楽しい会話も憂鬱な対話も、気楽な会話も深刻な対話もある。しかし、どのような対話であっても、あなたが「聞く」ことの高い技能をもっているなら、それぞれの対話の目的以上の、大きな成果をあげることができる。

 そして、何よりも「聴き方」を身につけることは、他者の援助のためだけではない。あなた自身にとっても、幸せをもたらす強い力になる。

「聴く」という営みは、聞き手が相手を受け入れ、豊かな土壌として、話し手の心を開き、花を咲かせる手助けをする行為だ。他者に寄り添い、深いところで繋がりをもつことで、あなた自身も、あなたの花を咲かせることができるだろう。


「はじめに」より