大国が垂れ流してた「ゴミ」が降り積もり、紛争の矢となって、送り主のもとへ戻ってくる。それを恐れ、国境を閉じようとする大国たち。中東は大国の「ゴミ」にどう対応し、抵抗し、順応し、反乱してきたのか。イラン戦争、ガザ戦争――混迷の中東情勢と現在地を、その歴史の結び目をほどきながら立体的に描いた『はみ出す中東と世界』の序章を公開する。
アメリカでの第二次トランプ政権の誕生以来、あるいは2023年のガザ戦争の開始以来、これまで常識とされてきたことが次々に覆されている。ハマースによるイスラエル越境攻撃を契機に、ガザへの圧倒的な武力によるジェノサイドが進行するだけでなく、レバノンやイラン、さらにはアラビア半島全域まで戦火が拡大した。ウクライナに軍事侵攻したロシアのような現状変更志向の国や、北朝鮮のような「ならず者国家」ならいざ知らず、「中東随一の民主国家」を標榜してきたイスラエルの暴挙に、国際社会は唖然とした。
それにトランプ政権のアメリカが加わり、誰が「現状変更」しようとしているのか、判然としなくなってきた。2026年の年明け早々のベネズエラに対する軍事急襲と大統領捕縛、イランに対する武力での政権交代要求、そしてあからさまなグリーンランドへの領土的野心は、「征服は不可」という近代国際法の原則に、真っ向から反する。同年2月末にイスラエルとともにイランを攻撃し、ホルムズ海峡が通行不能となったことは、世界経済への大打撃となった。有無を言わせず移民系自国民を実力で追放する姿からは、基本的人権なるものへの尊重は露もみられない。
国際協調路線が破綻しつつあるという意味では、第二次大戦前夜に酷似しているとも見えるし、大国が近隣国に侵略して憚らず世界分割を進めるという意味では、帝国主義時代、グレート・ゲームの時代にも近い。ベネズエラ攻撃後、「ベネズエラを運営(run)する」と表現したのは、植民地統治期の思考を想起させる。「アメリカが開発した石油施設を、ベネズエラの社会主義政権が盗んだ」というトランプの発言は、グローバル・サウスが達成した植民地支配からの脱却、資源の国有化という半世紀前の成果を、ひっくり返そうとするものだ。イラン戦争では、トランプは「イランの文明を叩き潰す/イランを石器時代にまで戻してやる」と発言した。
世界は、我々は、一体いつの時代まで、逆戻りするのだろうか。
当たり前の世界が瓦解しているのは、現実世界だけではない。その世界を見る見方、国際政治を語る分析の視座もまた、混乱している。第二次世界大戦後、ルールに基づくグローバルな秩序として自由民主主義諸国を中心に成立したのが、いわゆるリベラルな国際秩序だが、冷戦後は唯一の超大国としてのアメリカが主導して、唯一の国際秩序とみなされてきた。
だが、カナダのルーニー首相が2026年のダボス会議で言い放ったように、いまや「ルールに基づく秩序」は終わり、「大国による力の政治」が跋扈している。過去半世紀以上国際政治学の中心を占めてきた「リベラリズム」の視座はもはや通用せず、「リアリズム」を軸に世界を見ることが当たり前のようになった。それを推進しているのが、かつてのリベラル国際秩序の主導者アメリカであるというのは、なんという皮肉だろうか。
いや、リベラル国際秩序が終わった、などという生易しいものではないかもしれない。そもそもこれまで国際社会が大前提とし、常識としてきた国家主権概念、領土不可侵、内政不干渉といった、国際政治学の土台である大原則自体が、現実世界で頭から否定されている。国際政治という国家間の関係を捉える視座が生まれたのは、1648年に終結したヨーロッパでの30年戦争ののち成立したウェストファリア体制を出発点とする。ここで、国際政治の主体が法的主権を持つ国家であること、主権国家同士は相手国に干渉しないという前提が確立された。同じころトマス・ホッブスはその主著『リバイアサン』で、人間の自然状態を「万人の万人による闘争」と主張し、リアリズム的視座の出発点となった。国際社会には諸国家が共通の法を共有せず、個々の国家の行動を制御する世界政府は存在しないので、国際社会はアナーキー、力ある国家がすべてである。だからこそ、それを調整する国際法や規範の共有が重要になる。
言い換えれば、そんなアナーキーな闘争状態でも、いかに主権国家同士の相互不可侵を維持し、勢力均衡や国際法、経済的相互依存によって安定を確保するか、を模索してきた学問こそが、国際政治学、国際関係論である。だが、その国家主権すら蔑ろにされる今の国際政治は、いったいどのような視座に立てばよいのか。国際社会がウェストファリア以前の世界に戻っているのだとすれば、国際政治学や国際関係論という学問そのものが不要なのではないか。
一方、非欧米世界から見ると、また違った光景が見えてくる。リアリズムであれリベラリズムであれ、ヨーロッパで生まれた国際政治の見方など、そもそも非欧米社会には当てはまってこなかったじゃないか、という諦観だ。実のところ、国家が主権を持つという発想、さらにはその国家が「国民」によって形成されているという国家観は、ヨーロッパ近代に由来するものである。ヨーロッパ起源の、世俗主義や産業化を土台とした「近代」という概念が世界に広がり、アジア、アフリカにおいてはヨーロッパによる植民地支配をうけるなかで実際のシステムとして「近代」が導入されることで、国民国家、主権国家という概念が波及した。
だが、その「波及」は、必ずしも波風無しとは言えなかった。イスラーム世界ではイスラーム法に基づく独自の国家が存在したし、宗教と法や政治は決して分離されていなかった。国家を構成する者は、民族的共通性ではなく宗教的共通性によって定められたので、イスラーム世界が西欧型の国家に再編されるとき、国家形成のルールも構成要員のありかたも、すべて過去1200年にわたり継承されてきた常識が覆されることとなった。
これは衝撃的な変化である。「ヨーロッパ起源の国家」への変化、それらの国家が集まった「国際システム」への参入がスムーズに行かず、さまざまな遺恨、課題がイスラーム圏の国々に残った。それぞれの国の住民の間には「国民」としての一体感が薄く、国境を越えた宗教や部族などのネットワークのほうが、国民としてのつながりよりも強い。国家を担えるほどの民族なのに、国家形成の過程で分断されて複数の国の辺境地域の「少数民族」としての不遇を託つ。「主権在民」ではなく「主権」はあくまでも神にある、と考える。なにより、現在の国境は植民地支配の宗主国が勝手に決めたもので、国境はいつも曖昧である――。
こうした違和感、うまくいかなさが、国家どうしの戦争や内戦、占領、独裁、テロといった問題を生んだ。うまくいかなさを欧米のせいにして、中東諸国の国民は国内での非民主的状態に目をつぶらされてきた。中東での不安定や暴力を見て、欧米諸国は、国際秩序から外れた「失敗国家(failed state)」とか「破綻国家(collapsed state)」などと呼ぶが、それはそもそも中東の外から持ち込まれた秩序から見てのことだ。中東の混乱は国際政治、あるいは政治学一般では解明できない、「例外的」な事象だ、と欧米の研究者は言うが、それはそうした学問が欧米起源でできていて、「例外」を常に排除して研究の視座を広げることを怠ってきたからだ。
そして今、その欧米諸国自身が、「例外」的な状況を迎えている。海外からの労働力移動や資本の国際化、SNSなどトランスナショナルな情報伝達手段の発展と、欧米でも非欧米諸国でも、国家に依存せずさまざまなトランスナショナルなネットワークで人々は生きている。国家は国民の意志を反映して運営されるのではなく、企業利益で「経営」される。国家の治安を担うべき警察や軍隊は、他国の内政に介入するために簡単に起用される。今のトランプ政権は「CEO型大統領制」で、今のアメリカを「アメリカ式国家資本主義」だとする議論もある。
「主権国家」や「国民国家」を主人公とする世界は、最初は中東などの非欧米世界で崩れたが、今や欧米社会、そして国際社会そのもので崩れているのではないか。ヨーロッパ起源の「ものの見方」にとらわれ、非欧米世界で起きてきたことを「例外」として目をつぶってきた人たちは、今その「例外」的な事態がブーメランのように欧米世界に戻り、「無法の世界」が世界中で横行していることを目の当たりにして、途方に暮れているのである。
世界すべてが「例外」になっているとしたら、欧米起源の「国際政治学」が例外を説明できないのだとしたら、どうすれば国際社会で起きていることを理解できるのか? そのためには、これまで「例外」視してきた地域を視野に入れた、新しい「国際政治学」を生み出すしかない。
中東地域の研究が専門で国際政治学者のフレッド・ハリディは、かつて9・11同時多発テロ事件が起きた時、その犯人とされたアルカーイダについて、「冷戦のゴミ箱(dustbin)」と呼んだ。冷戦後期の1979年冬、アフガニスタンにソ連が軍事侵攻したことを受けて、アメリカは反共ゲリラ活動を支援した。それに呼応して、アフガニスタンに向かい銃を手にしたイスラーム教徒のなかから、アル・カーイダの前身が生まれたのである。同じように、アメリカは冷戦下でソ連の脅威に対抗するために、アフリカでも独裁政権を支援した。ハリディが言う「ゴミ箱」というのは、中東やアフリカなどの地に、冷戦のために大国が器用したさまざまな無法者たちのことである。それらは冷戦が終わっても回収されなかったために、9・11が起き、中東やアフリカでは独裁者による圧政や過激派のテロがまん延したのだ――。そう彼は論じている。
植民地支配とポストコロニアリズムを専門に研究する歴史学者、アン・ストーラーは、似たような議論をその著書『帝国主義のデブリ(Debris)』で行っている。ヨーロッパによる植民地支配は、独立後もアジア、アフリカにさまざまな遺恨を残した。植民地時代に建設された記念碑やコロニアルな建築様式が、独立後も現地の支配者によって使われ、その権力を誇示するように独裁を支える。植民地下で行われた開発やそれへの抵抗運動の結果、自然環境が壊され、人々の生活基盤を崩す。
植民地時代にせよ冷戦時代にせよ、欧米先進国が非欧米世界を利用してきた痕跡はさまざまなところに放置され、現地の人々はその弊害や後遺症に悩まされてきた。だが、利用した側はといえば、その結果どうなったかにはすっかり無関心である。無関心なまま、弊害は蓄積され、欧米諸国が知らない間に紛争や不安定を醸成し、犯罪者や武装勢力や独裁者やテロリストを生む。
「ゴミ」――ここでこの用語を使うのは、グローバル・サウスの人たちが、植民地勢力やグローバル大国によって「ゴミ」扱いされてきたことを示すためである。その「ゴミ」扱いされた鬱屈の蓄積がピークに至ったときに、紛争の矢は「ゴミ」が置かれた非欧米世界を越えて、「ゴミ」を置いた主人のところに戻ってくる。植民地史の専門家、ロバート・ギルデイは『心の帝国』で、イギリスやフランスの旧植民地住民が第二次開戦後に労働力としてヨーロッパに迎えられたことを「逆からの植民地化」と呼んだが、それは「かつての植民地支配者が自ら植民地化される過程」であり、元支配者たちを脅かすものとなったと指摘している。
今、欧米そして日本を含めたいわゆる「グローバル・ノース」が、「〇〇ファースト」をスローガンに、「国民国家」にすがろうとしているのは、彼らが過去に海外、非欧米世界に垂れ流してきた「ゴミ」の存在に目を瞑り、その望まない結末が自国に戻ってこないように、自国の国境を閉じようとしているからだ。そして、世界を分割して、自国をヒエラルキーのトップにおいた安全圏を周辺領域に確立しようとしているからだ。
ヨーロッパ起源の、欧米先進国目線の国際政治学では、欧米先進国から流れ出た「ゴミ」の行方は捉えられない。そこで何か起きたところで、「例外」地域のことだから、として、真剣に考えてこなかった。その結果、今「ゴミ」の発生主は「ゴミ」の逆流を恐れ、押し付け合っている。
だが、本当にすべきことは、なぜ、どのように「ゴミ」が垂れ流され、それはいかに逆流する「ゴミ」へと発展してしまったのか、を解明することではないだろうか。欧米先進国起源の「ゴミ」が流された最も代表的な地域が、中東である。そもそも「中東」という地域概念自体が、欧米の対アジア政策の副産物として生まれた。本書は、「中東」という地域において、いかに大国が「ゴミ」を垂れ流し、垂れ流された現地社会はどう対応し、抵抗し、順応し、そして反乱してきたのか、両者のダイナミックな関係史を描くことにしたい。
(序章「国際政治を見る目」より)






