2026年2月末、世界は新たな歴史の転換点を目撃した。米国とイスラエルによる、イランに対する大規模軍事作戦「エピック・フューリー(壮絶な怒り)」の開始である。この作戦は、単なるイランの挑発に対する限定的な報復措置ではなく、中東秩序の再編をも視野に入れた持続的軍事キャンペーンとして位置づけられよう。標的となったのは軍事拠点や弾道ミサイル関連施設のみならず、政府中枢機関も含まれ、初動においてサイバー攻撃も併用されたものとみられる。特筆すべきは、イスラエルが主導したとされるイランの政治・軍事指導部に対する直接的な「斬首作戦」である。長年絶対的権力者として君臨してきた最高指導者アリ・ハメネイ師が精密爆撃によって死亡し、イラン革命防衛隊(IRGC:Islamic Revolutionary Guard Corps)の最高幹部らを含む体制の「頭脳」の多くが物理的に排除された事実は、イランの国家体制と軍の指揮統制構造を大きく揺るがした。
指導者を失い深刻な権力空白に陥ったイランは、周辺地域に対する弾道ミサイルによる無差別な報復へと踏み切った。民間インフラをも標的としたこの散発的な攻撃は、グローバル経済に甚大なコストを強いることでワシントンやエルサレムに圧力をかける意図があったと推測される。しかしながら、結果的には湾岸諸国の強い反発を招き、イランの国際的孤立すらもたらしかねないものとなった。同時に、この紛争はグローバル経済とエネルギー安全保障に対する甚大な脅威を顕在化させた。イランの代理勢力による紅海における敵対行為の激化や、世界のエネルギー供給の要衝であるホルムズ海峡の危機は、武力行使の「脅威」が存在するだけで商業航行のリスクを跳ね上げ、グローバル経済の動脈が容易に麻痺し得るという脆弱性を世界に見せつけた。
この米・イスラエルによる軍事作戦は、イランの背後にある中国とロシアにとって大きな打撃となった。西側の制裁下にあるイランから原油を安価に大量輸入していた中国は重要なエネルギー供給源を脅かされ、中露が長年にわたりイランに対して供与してきた高度な防空システムは先進技術を駆使した米軍の攻撃の前に無力化され、両国の兵器体系への信頼は揺らいだ。権威主義国家群に有利な多極的国際システムを構築しようとする中露の地政学的野心は、自己の勢力圏を維持せんとする米国の断固たる決意によって大きな牽制を受けた形だ。また、米国の軍事力行使への意思を過小評価したイランは、自らの体制存続を揺るがす深刻な結果を招来した。
米国は、中東というユーラシア大陸の縁辺部において、自らの戦略的目標を達成するために圧倒的な力を行使した。この「エピック・フューリー作戦」が示した現実こそが、本書の主題の一つである「縁辺部(リムランド)における紛争の時代」の幕開けに他ならない。
21世紀の世界は、もはや「平和を前提とした秩序」の延長線上には存在しない。冷戦の終焉とともに語られた「歴史の終わり」は、実際には現実から目を背けるための自己暗示に過ぎなかった。自由、民主主義、国際協調といった理念は否定されるべきものではないが、それらが力の裏付けを失った瞬間、単なる修辞へと堕することもまた、歴史が繰り返し示してきた事実である。21世紀の最初の四半世紀を経たいま、我々はようやくその現実に直面している。
第二次ドナルド・トランプ政権の誕生、そして中東における歴史的な軍事作戦は、第二次世界大戦後一貫して維持されてきた「リベラルな国際秩序」という物語に対する、米国自身による決別宣言ともなった。世界の警察官という役割は、いつしか米国の国益と乖離し、曖昧な道徳的自己満足へと変質していた。力を背景としない規範は守られず、守る意思のない規範は挑戦を誘発する。米国が世界に突きつけたのは、その冷酷なまでに単純な現実である。米国は世界を救うために存在しているのではない。米国は米国自身の生存と繁栄のために存在する。この原点への回帰が、勢力圏という概念を再び国際政治の中心に引き戻した。勢力圏とは帝国主義の遺物ではなく、国家が自らの安全を確保するために設定する、最小限かつ不可避の防衛的空間である。西半球を絶対的な聖域とし、ユーラシア大陸の縁辺部を固めるという米国の戦略は、地政学の教科書に書かれた理論を、21世紀の現実に適用し直したものに他ならない。イランにおける体制転換すら視野に入れたと見られる軍事作戦は、まさにこのリムランドにおける米国の勢力圏防衛の意思表示とも言えよう。
一方、今日の勢力圏は、かつてのように国境線や軍事基地の配置だけで規定されるものではない。勢力圏を支配する真の力は、見えない領域にも存在する。宇宙、サイバー、電磁波、海中、情報、経済。これらの領域において優位を確保した国家は、物理的な戦争が始まる前に、すでに勝利の条件を整えている。精密爆撃と相前後して政府機関へのサイバー攻撃が行われるように、戦争はもはや宣戦布告によって始まるのではなく、平時を装った競争の積み重ねの末に、静かに決着しているのだ。
ロシア・ウクライナ戦争は、その典型例である。戦場で砲弾が飛び交う以前に、インテリジェンスの世界では勝敗の輪郭が描かれていた。米国のインテリジェンス当局がロシアの意図、能力、限界を正確に把握し、ウクライナ等と共有することで、ロシアの軍事侵攻の速度と効果は大きく減殺された。一方で、2023年10月7日のイスラエルにおける悲劇(ハマスによるテロ攻撃)は、情報が存在しても、それをどう解釈するかを誤れば国家は致命的な打撃を受けることを示した。インテリジェンスとは、情報量の問題ではなく、国家がどのような前提で世界を見ているかという、思考様式、意思決定そのものの問題なのである。
この「見えない戦争(Invisible War)」の領域は、情報の空間にとどまらない。北極海の氷下で進行する静かな暗闘もまた、その一環である。氷に覆われた海域は戦略原子力潜水艦(戦略原潜)にとって理想的な隠れ場所となり、その出口を押さえることは核抑止の根幹に直結する。グリーンランドが米国にとって決して手放せない戦略的高地である理由は、そこが米国本土防衛の「目」であり「耳」であり、同時に北大西洋の制海権を左右する要石(Keystone)だからである。
経済安全保障の重要性についても同様だ。資源、半導体、エネルギー、食料、物流。これらは平時には市場原理に委ねられているように見えるが、有事には即座に国家権力の道具となる。中東の軍事衝突が世界のエネルギー市場を震撼させたように、サプライチェーンの脆弱性がミサイルよりも確実に相手の戦力を無力化し得ることを証明している。供給網を握る者は、戦わずして勝つことができる。この現実を最も冷静に理解しているのが、ほかならぬ米国であり、中国である。
かかる世界において、日本はどこに立つのか。日本は地理的にも戦略的にも、ユーラシア大陸のハートランド勢力と対峙するリムランドの最前線に位置している。これは選択の結果ではなく、歴史と地理が与えた宿命である。日米同盟は理念的な友好関係ではなく、米国の勢力圏を構成する現実的な防衛線の一部として存在している。問題は、日本自身がその現実をどこまで自覚しているかである。「安全保障は米国に委ね、経済は中国と深める」という発想は、最早成り立たない。勢力圏が経済と安全保障を不可分のものとして再構築されつつある以上、そのような二股外交は、いずれどちらからも信頼を失う結果を招く。
日本が生き残る道は明確だ。高市早苗首相が施政方針演説で掲げたように、インテリジェンスを国家の中枢機能として再定義し、サイバー空間を防衛領域として実装し、サプライチェーンを戦略資産として管理する。経済政策と安全保障政策を別々の省庁の仕事として扱う時代は終わった。国家の意思決定を支える戦略の基本構造を、根本から書き換えなければならない。
本書が描こうとするのは、現下の厳しい現実を直視し、その現実の中で国家がいかに選択し、いかに行動すべきかを考えるための思考の枠組みである。「見えない戦争」は、すでに始まっている。勢力圏は、中東における戦火とともに再編されつつある。その中で、日本が主体的な戦略国家として立ち続けることができるか否かは、今この瞬間の認識と決断にかかっている。「冷たい平和の時代」は終焉し、「縁辺部(リムランド)における紛争の時代」を迎えた今、必要なのは楽観でも悲観でもない。徹底したリアリズムである。それこそが、この時代を生き抜くための、唯一の羅針盤となる。
<はじめに 「見えない戦争」と「縁辺部(リムランド)における紛争の時代」>より






