刻を時鐘や辰刻などで数えていたころの秋の夕暮れ、遊郭〈しなの屋〉に遊女の面談に来た女がいた。若く器量のいいその娘は、遥香と名乗った。
〈しなの屋〉が建つ一大遊郭〈舞柳(ぶりゅう)〉の名物大旦那にして〈しなの屋〉楼主の、熊悟朗を一目見たくてここへやってきたのだと話す。
熊悟朗は、まだ37にしかならないが、何でも見通す心眼の持ち主として知られており、特に嘘や殺意を見抜くことができた。嘘は火花、殺意は黒い霧となって見える。
座した遥香に目をやると、火花が胸や肩のあたりで飛ぶ。熊悟朗は遥香に、遊女になりに来たわけではあるまい、目的を話せと促す。すると遥香は自分も〈常人にはないある力〉を持っていて、〈その力は、時としてとても危険で、刀剣に等しきもの〉だという。
不思議な力を宿す者同士の邂逅。遥香の話のその先へと誘われるように、『金色機械』は始まる。
遥香には、念じれば手を触れた者を眠るように死なせることができる能力があった。9つのときに、世捨て人たちの住む〈離れ〉と呼ばれる山村で、病に苦しむ者を安楽死させて以来、その手は〈菩薩の手〉として人々の口の端に上るようになる。
育ての父にはこう言われていた。
〈世の中の善悪はね、人の喜ぶこと、望むことをしてあげるのが善で、そうでないことをするのが悪だとお父さんは思う〉
相手が死を望んでいるのなら、殺しても悪ではない? 腑に落ちないものを感じながら、尊敬する父の言葉に遥香はうなずく。
一方、熊悟朗にも過去があった。貧しい紙職人の父親と継母に殺されかけ、逃げて行き倒れかけていたのを、野武士のような風貌の山賊たちに助けられた。夜隼(よはや)と定吉の2人は熊悟朗を、女衒を殺して奪った紅葉という2歳上の童女とともに、自分たちの豪奢なねぐら〈極楽園〉に連れていく。
そこで読者がイメージするのは、遥香がその能力を使い、人の苦しみを取り除いたり、世の不条理に鉄槌を下す物語ではないだろうか。いずれは、この山賊たちを敵にするのか味方にするのかして。