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人生の先輩が解く“日常の謎”

人生の先輩が解く“日常の謎”

文:吉田 伸子 (書評家)

『その日まで――紅雲町珈琲屋こよみ』 (吉永南央 著)


ジャンル : #エンタメ・ミステリ

 それは、第二話「卯月に飛んで」に良く表れている。「小蔵屋」の近くに、和雑貨の店「つづら」が開店したところから話は始まる。お草さんが手間ひまかけて買付けに回り吟味した和食器たちは、値段もそれなりのものが並ぶ。比べて、その「つづら」は質より量、安さを売りにした店だ。しかも、何かと「小蔵屋」を妨害するようなこともする。そんな時も、お草さんはカッとしない。勿論、大事なお店にそんなことをされて平気なはずはないのだけど、それでもお草さんはぐっとお腹に力をこめて、「小蔵屋」のやり方で、実にスマートに対応するのだ。お草さんが冷静に対応すればするほど、頭に血を上らせる「つづら」の店長の、人としての器の小ささが、逆に浮かび上がってくる。読み手には、「つづら」の店長の高慢で卑しげな顔が浮かび上がってくるほどだ。

 実はこの「つづら」が、本書の全体の鍵にもなっているのだが、それがどういう鍵で、収録されている六話がそれぞれどうやってリンクしていって、紅雲町自体の一つの大きな「謎」になっているのか、は、実際に本書を読まれたい。

 本書の魅力をもう一つ。これは個人的な好みになるのだけれど、お草さんが作る食べ物が、どれもみなとびきり美味しそうなのだ。食いしん坊の私には、本当、たまりません!

 「小蔵屋」で働く久実や、脳梗塞の後遺症で半身に障害が残ってしまった由紀乃に供するお草さんの手料理は前作でもお馴染みだが、読んでいるとお腹が空いて来てしまうほどだ。ポトフやおはぎ、塩むすびに海苔だけを巻いたシンプルなお握り……。とりわけ、本書では久実のためにささっとこしらえたうどんすきが美味しそうで、美味しそうで、本書を読んだ日の晩ご飯を、うどんすきにしようと思ったほど。

 さらに付け加えると、「小蔵屋」では、コーヒーの試飲をサービスしているのだが、そのコーヒーの香りがこちらにも伝わって来そうで、コーヒー党の身としては、あぁ、「小蔵屋」のカウンターで、ゆっくりコーヒーを飲んでみたい! と思ってしまうほど。本シリーズは、コーヒーも立派な脇役になっている。

 他にも、お草さんが着る着物や、「小蔵屋」が扱う和食器の数々も、さりげなく描かれているけれど、実に魅力的だ。そう、本書は、コージー・ミステリーとしてももちろんだが、綺麗に年を重ねることに成功したお草さん、その人の物語として楽しむことができるのだ。そこがいい。人生の先輩、お草さん、これからも付いて行きます!

その日まで
吉永 南央・著

定価:1750円(税込) 発売日:2011年05月21日

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