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私がドラマ化するまで、誰も企画しないで! 4年を経て富司純子主演でついに完成

私がドラマ化するまで、誰も企画しないで! 4年を経て富司純子主演でついに完成

文:藤並 英樹 (NHKドラマ番組部ディレクター)

『萩を揺らす雨 紅雲町珈琲屋こよみ』 (吉永南央 著)


ジャンル : #エンタメ・ミステリ

「こんな風に歳をとれたらいいなぁ」2011年にこの本を初めて読んだ時の率直な感想でした。

 それから4年。私自身が、お草さんに“励まされる”ようにして、この度、76歳の溌剌としたおばあちゃん・杉浦草――お草さん――が活躍するテレビドラマを制作演出することになりました。主演は富司純子さん。この“原作”と“主演”との出会いが、私の人生に大きな影響を与えました。

 この本との出会いは2011年秋。当時、私はNHK大阪放送局でテレビドラマの演出を始めたばかりの“ひよっこ”。その私にドラマの面白さを教えてくださったのが、この年の春まで放送していた『連続テレビ小説「てっぱん」』にご出演された富司純子さん。ヒロインのお婆ちゃん役として存在感を示されていた富司さんから、新米演出の私は叱咤激励されました。富司さんと番組の内容論や演出論についてお話をさせていただくうちに、私はテレビドラマ作りの面白さにのめり込み、番組終了後も富司さんと再び番組をご一緒したいなぁと考え続けていました。そんなときに、「76歳のおばあちゃんが活躍する日常の謎を追うミステリー」と謳うこの「紅雲町珈琲屋こよみ」に出会ったのです。

「お草さん」役の富司純子

 戦争を体験し、兄妹を亡くし、離婚もし、息子も幼くして失い、両親も看取り……でもひとりっきりになった今、最後に自分の夢にかけて古い雑貨店を改築し、新たな人生のスタートを切る。齢七十を過ぎて、いろいろなことを乗り越えて、身につけて生きてきたからこそ、生まれることばの説得力。

「戦争も貧乏もくぐり抜けて、長い間、生きてきたのだ。あちこち故障は当たり前」

「弱いと認めちゃったほうが楽なの。力を抜いて、少しは人に頼ったり、頼られたり。そうしていると、行き止まりじゃなくなる。自然といろんな道が見えてくるものよ」

お草の店、小蔵屋で働く久実(秋元才加)と店に出入りする運送屋の寺田(吉沢悠)。原作に通じる居心地のよい空間を再現

 過去の自分を振り返り、でもくよくよすることだけでなく、いまを活き活きと生きているお草さん。だからこそ心に響き、耳を傾けたくなる一言一言を読み、「人は誰でも歳をとるのだから、老いていくならこんな歳のとり方をしたい」「こんな先人の話を聞きたい」と思うようになりました。

 いつまでも元気で、いつまでもお洒落――「こんなおばあちゃんになりたい!」と心から思えるお草さんの活躍を描くことで、お草さん世代には“活力”を、若者世代には“憧れ”を、そしてすべての視聴者に“生きる希望”を届けたい。そしてお草さん役は、優しさと温かさ、気丈さを併せ持つ富司純子さんに演じていただければ、すてきなドラマになるのではないかと考えました。

 私自身、2011年に息子を授かり、父親となり、子を持つ親の目線が新たに加わりました。幼い時にある事情から息子と別れて暮らし、そしてその子を不慮の事故で亡くしてしまったお草さんの境遇。亡くした子と重なり合わせるかのように、自らの手で救おうとした幼い少年の命。子を持つ親として共感させられ、その描写や悔いの思いには涙が誘われました。

「長いことあの世で待っている息子が見てるの(略)だから中途半端はできない」

お草の過去につながるキーマン・松井(橋爪功)は、ドラマのオリジナルキャラクター

 これまで自分のことだけを考えていた人生から、我が子のことを強く考え、子の鑑になれるような父親になろうと、お草さんから教わったような気がします。

 仕事もプライベートも大きな転機だったこの年に出会った“女優”と“原作”。いつか富司純子さん主演で「紅雲町珈琲屋こよみ」をテレビドラマ化したい! という気持ちは高まりました。

 しかし現実はそんなに甘くはありません。私が在籍していた大阪放送局は主に関西、西日本の題材を扱う(ことの多い)放送局であり、「紅雲町」のある北関東を舞台にしたドラマはなかなか実現が難しい。そしてなにより私自身が“ひよっこ”で、企画を通す力も演出する力も未熟でした。そこで私は「お願い! 誰も企画しないで! この素敵な物語の存在に気がつかないで!」とおおよそ原作のファンとは思えない“裏切り”を心に抱きつつ、いつか自分がこのドラマを企画演出できるよう、大阪での精進の日々を過ごしておりました。

 その思いが実を結んだのか、その後いくつかのドラマの演出を経験し、一昨年、東京のドラマ番組部への異動を経て、ようやく企画を出せる“土台”が自分に身につきました。いわば“初恋”の人に告白できる自信がついた……そんな感じでした。

“いつかお草さんと向き合える男になりたい”その思いが私を育ててくれたのかもしれません。物語に向き合う読み手の心と人生を刺激する――その魅力が「紅雲町珈琲屋こよみ」にはあるのだと思います。是非、私が恋したお草さんの魅力にみなさんも触れていただければと思います。


 特集ドラマ「紅雲町珈琲屋こよみ」は4月29日(水)夜7時30分から、NHK総合テレビで放送予定。脚本:相沢友子 出演:富司純子 吉沢悠 秋元才加 橋爪功 ほか
http://www.nhk.or.jp/dramatopics-blog/8000/194665.html

文春文庫
糸切り
紅雲町珈琲屋こよみ
吉永南央

定価:594円(税込)発売日:2016年12月01日

文春文庫
名もなき花の
紅雲町珈琲屋こよみ
吉永南央

定価:704円(税込)発売日:2014年07月10日

文春文庫
その日まで
紅雲町珈琲屋こよみ
吉永南央

定価:605円(税込)発売日:2012年11月09日

文春文庫
萩を揺らす雨
紅雲町珈琲屋こよみ
吉永南央

定価:682円(税込)発売日:2011年04月08日

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