「紅雲町珈琲屋こよみ」シリーズの最新刊が発売された。このシリーズは、2004年にオール讀物推理小説新人賞を受賞した「紅雲町のお草」が第1作となる短編で、同作を含む単行本『紅雲町ものがたり』(文庫化の際に『萩を揺らす雨』に改題)が単行本第1弾として2008年に刊行された。そして今回の新作『薔薇色に染まる頃』で、ついにシリーズも第10弾となる。
「ここまで長いといえば長いけれど、1冊1冊を振り返ると夢中で書いてきたので、あっという間という感じもします。両極端な気持ちがありますね。
でもじつは応募原稿を一度、こんなのではダメだとごみ箱に捨てたくらいだったので、まさかこんなに長く続くなんて……。本当に思いもかけないことでした」
だが新人賞受賞時から選評では、「すでに主人公のキャラクターが出来上がっている」「連作の中の一作という風格がある」と評価されていた。その主人公――北関東でコーヒー豆と和食器を扱う店・小蔵屋を切り盛りするお草さんはどうやって生まれたのだろう。
「祖母は明治生まれで、着物を着て小さな雑貨店をやっていました。着物姿でお店を切り盛りする雰囲気は、お草と似ているかもしれません。
厳しい時代を過ごしてきた人で、その強さに憧れもしたし助けられもしたという思いがあります。私が就職して間もなく亡くなりましたけど、自分が生きていく中で祖母に語りかけて答えを聞こうとすることがよくあったんです。お草とは性格が違いますが、そういうときの気持ち、祖母への問いかけがこの物語を書かせたのかもしれないと今になって思います。
個人的には、最初にこの作品を書いていたのが30代後半の悩みも多いときで、こんなお店があって、べたっとした関係ではなく、話を聞いてくれたり背中を押してくれたりする人がいたらいいな、という気持ちがありました」
ミステリー仕立ての作風だが、魅力的なのはお草の日々の丁寧な暮らしぶりだ。贅沢ではないが旬を大事にした手料理、使い込まれた道具類や座布団などの身の回りの物……。
「私の生活とは全然違います(笑)。ただ、気に入った物を大切にしたいという想いは同じかもしれません。
祖母や親の世代は物が十分になかった時代なので、いい物が手に入ったらずっと大事にするし、いい物でなくても日常使いで破れたりしたら繕って使う。物に対する執着ではなく愛着があったのでしょう。それがいい姿だなと思っていて、私も気に入った物を長く使うように心がけています。同時に、いらない物を自分のもとへ呼び込まないように気を付けて。なるべく、気に入った物だけ手元に置いて、古くなった物をひとつ手放したらようやく新しくひとつ求める、そんな生活にしたいと思っています。
お草は働く人で忙しいので、食べることとか、日々の暮らしが楽しみでもあるのでしょう。ちょっとの時間を大切にして、自分の楽しみにする――それが毎日はつらつと生きられるコツなのかも」
ここ数年は、年に1冊のペースで新作を刊行している。物語はどこから湧いてくるのだろうか。
「まずひとつ、私とは違う時間の流れ方でお草が暮らす紅雲町の世界がいつもあります。そしてもうひとつ、私が生きているこの世界があって、その中でちょっと引っかかるようなこととか、実際に笑ったり泣いたりすることがある。私が何か引っかかりを感じているときに、同時にお草の世界のことを考えているときがあるようで、ある物語がちょっとだけ、ワンシーンだけ浮かんだりするんです。そのうちの、半年くらいずーっと胸に残っているものが物語になっているんだと思います。
これを書こうと思ってプロットを立ててみたりせずに、生きながら、生活しながら考えていて、自分の中に残ることを小説にしていますね」
まったく新しい作品を生み出すのは大変だが、シリーズを続けていくことにも難しさはあるはずだ。
「最初から難しいことだと思っていました。そもそも短編1作で終わりと思っていたので、どうやってこれを1冊の本にするのかというところから始まっています。それでも編集者のみなさんに助けられながら書いているうちに、最初はお草と私の間にもう少し距離があったのが、だんだん縮まってきた。それと同時に紅雲町の世界が広がるという感じがして、それは書き続けてみて初めて分かったことです。続けて書いて、見えてくるものがあるんですね」
新人賞応募から18年、第1作の単行本刊行から14年。書き続けて変わらなかったことと、逆に変わったこと、あるいは変えたことはあるのだろうか。
「変わらなかったことは、いつでも最初の1作目を書く時と気持ちが一緒ということです。書けるかな、という恐れもあるし、いざ書き始めると自分を忘れる時間もあって夢中で書いている。書くことが好きで、夢中にさせられるものに取りつかれているような感覚は、何作書いても変わらないですね。
もともと小説家になろうと思っていたわけではなかったので、新人賞を受賞した1作目の短編を書いたのが初めての執筆体験だったんです。だから何をするのも初めてなわけで、非常に緊張していました。いまは1年に1作書くとしても、少し気を抜く時期と、真剣に取り組まなければならない時期と、自分で多少リズムを取れるようになりました。変わったことと言えばそんなところで、それで1年を乗り切れているのかな」
シリーズも第10弾を迎え、この先の展開はどうなっていくのだろう。
「お草は子供を幼いときに亡くしていて、家族がいない。跡を取る人もいない。ただ、かかわってきた人たちに何かしら残すものがあると思うんです。その相手が店の従業員の久実なのか、たった1回会っただけの誰かなのか分かりませんが、彼女の何かしらが残ればこの物語は意味があるのかなと思って、いまはそこを遠くに見据えて物語を書き続けています」
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