その頃、長年の仕事仲間河井克夫と『テレビブロス』という雑誌で年に一度やっている映画のコスプレ企画に犬山を呼ぼうという話になった。
犬山は二つ返事で来てくれて、わざわざ女として呼ばれたのにウディ・アレンの扮装をさせられたり、どう考えても理不尽な写真ばかり撮られたのだが、どこで培った演技力かわからないけど、モデル張りの決まりポーズで仕事を全うしたものだった。
で、私は、当時まだ一人暮らしだったので、自宅に酒を買い込み河井くんや担当編集や犬山を呼んで打ち上げをやったのだが、宴もたけなわ、酔えば酔うほど饒舌になる犬山は、自分がいかにモテる男が嫌いかということを、とうとうと語り始めたのだった。
とにかく浮気をされるのが嫌だと。
モテられるくらいなら不細工がいい! できるだけダサい男がいい! 稼がなくてもいい! 私が食わせて家事をやってもらう! なぜなら私がまったく家事ができないから! わーわーわー!
なるほどなー。そのメイクや露出の多い恰好から、なんならちょっとした男たらしなんじゃねえのくらいに思っていたのだが(すみません)男性に対して異様なまでに潔癖だったのか。
にしてもまだ駆け出しのくせに、男を食わせるなどと豪語するほどの家事のできなさとはいかほどのもの? との興味があり、「ほー、どれくらい家事ができないか、なんか台所で作ってみてよ」と全員でけしかけたのだった。
するとそれまで暴れ太鼓を打たんばかりに轟々と酔っ払っていた彼女が急激に顔を青ざめさせ、肩まですくめ、
「いやあ、無理! 無理無理、絶対無理です! 勘弁してください!」
と、取引先の無理難題な注文に慈悲を乞う下請け会社の社長のように我々を拝み倒すのである。
しかし、そう言われるとますます興味と言うものはわくものである。どんだけなんだよ!? 困ったあげくメーテルなみに下がった彼女の重たいマスカラをつけた目尻が、私のドS魂に火をつけた、というのもある。
「いやでも、卵焼きくらいはできるでしょう。ここはひとつお願いしますよ! 犬山さん、俺を男にすると思って!」
私たちはそう言って犬山を追い込んだ。
「ううう。うううううう。うううう」
彼女は、小便を漏らしそうな呻き声をあげながら、これ以上折れようもないといった猫背で私の台所に入っていった。
正義感の強い私の妻がそのときいたら、すでにこっぴどく叱られていた場面である。
30分。卵焼きを焼くには不自然なまでに長い時間。我々は待った。
そして、出来上がったのが、犬山も本文で触れている卵焼きと呼ぶにはあまりにも『風の谷のナウシカ』のオームに、もしくは、『ハウルの動く城』そのものに似た、ジブリ感はんぱない見てくれの卵焼きと呼ばれるオブジェだった。
恐る恐る口に入れると、とにかくしょっぱくて食べられたものじゃない。この卵焼きを調味料にして別の料理が作れそうなほどだ。
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