2005.12.20 インタビューほか

この世はすべて“ごっこ”に過ぎない

「本の話」編集部

『クワイエットルームにようこそ』 (松尾スズキ 著)

――今回の小説『クワイエットルームにようこそ』は、『文學界』二〇〇五年七月号に一挙掲載され話題になりました。精神病院の閉鎖病棟を舞台とされていますが、以前からこうした分野には関心があったのですか。

松尾 もともと精神病院や閉鎖病棟のルポなどには興味がありました。映画『カッコーの巣の上で』とか、病識がないのに、病人と位置づけられて隔離されてしまう恐怖にサスペンスを感じます。何故か狂気にひかれてしまうところが自分にはあるんですね。狂気というのは、人から見た感じと、自分が感じているものとは決定的に違います。その温度差が不気味ですね。

――まず印象的なのは冒頭部分です。エンジン全開で、読者はこれから一体何が始まるのだろうと混乱すると同時に、期待をしてしまいます。

松尾 やはり最初はパニックだと思うんですね。自分では何が起こったのかわからないし、周りもそれに巻き込まれてしまう。ここでは胃洗浄という肉体的な苦しさのパニックを、夢の中で映像的に置き換えてみたらこうなるだろうということで書いてみました。鬱々とした人生があって、そこにパニックが起きて、嵐が過ぎ去った後に、孤独な静けさがあるというところから始めたいなと考えていました。

――この小説は主人公の明日香が体験した閉鎖病棟での十四日間が、一人称の視点で饒舌に語られていきます。一方、たくさんの登場人物が出てきて、それぞれにキャラクターが立っている。読者は主人公に思いを寄せると同時に、ある種演劇を観ているような気分も味わえます。作者である松尾さんの視点はどこにあるのでしょうか。

松尾 今回の場合は、自分が二十八歳の女性になりきって書いているというところがありますね。演じながら書いているという感じでしょうか。

――明日香は、不用意とはいえ、オーバードーズ(薬の過剰摂取)で閉鎖病棟に強制入院させられてしまいます。そんな切迫した状況で最初に心配するのが締め切りのこと。ある意味、松尾さんの意識とも重なる部分があるのでしょうか。

Tadashi Shirasawa

松尾 主人公をライターにしたのは、ひとつは文章を書くことができるということ。もうひとつは、フリーランスの人間が逃げ場のない状況に追い詰められたときに、締め切りなど小さなことがひとつひとつサスペンスになっていくということです。会社勤めのOLであれば、有給とってちょっと一息ということもあり得るかもしれませんが、生活がかかっているフリーの人間にとっては休業イコール、サバイバルなわけです。

――この作品では、小説的空間の中に演劇的空間が溶け込んでいるかのような印象を受けます。作者として、両者を融合させるというような意図はあるのでしょうか。

松尾 小説と演劇では全然違いますね。人物設定の仕方やキャラクターの作り方は同じなのですが、演劇というのは、一人称で語られるものではないし、一人の主観で語りきれるものでもないと思います。今回の小説では情報としてはいろいろなことが語られているのですが、それはあくまでも明日香を通した視線でしかないわけです。

――明日香が意識を回復した後に最初に出会う人物、ナース江口。彼女の事務的で無機質な感じは非常に印象的ですね。

松尾 日常生活の様々な場面から、このキャラクターは生かせそうだなと感じることは多々あります。ナース江口に関してもモデルがいて、ナースではないのですが、その鉄仮面ぶりは彼女のキャラクターにぴったりだろうと思ったわけです。そういった部分では、この役者にあの役柄を演じてもらいたいと考えているのと、共通するところがありますね。

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クワイエットルームにようこそ
松尾スズキ・著

定価:本体448円+税 発売日:2007年08月03日

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