インタビューほか

重松 清×天童荒太 特別対談「命をめぐる話」
第3回:生と死を意識させるもの

オール讀物2010年1月号より再録

重松 やっぱり何かを残したいですよね。財産や仕事の実績というんじゃなくて、自分がいたことによって、何かが残るという。

天童 形でなくても、ちょっとした言葉とか、ささやかな思い出でもよいのだけれど、何かしら自分が生きていたことの証(あかし)が誰かの心に残るなら、すごく幸せなことだろうと思います。

重松 ただ、死ぬときに「忘れないで」とは言えないような感じがするんですよ。うまく伝えられないんですが、昔『女性自身』という雑誌で「シリーズ人間」というヒューマンドキュメントのライターをやっていたときに、小さな子どもを残してガンで亡くなったお母さんの話を書いたんですよ。亡くなる直前まで、娘さんにあてて闘病記を書いていたんです。最後に「ママのこと、ずっと忘れないでね」という言葉があった。それは素晴らしいメッセージなんだけど、同時に、残された夫や子どもにとってはけっこうな重荷になるんじゃないかな、と思ってしまった。少なくとも、そんな言葉を託されたら、夫は再婚しづらいわけだし(笑)。

天童 死にゆく人の忘れないで、という気持ちはすごくよく分かります。自分が生きていたことの証を求めたい感覚もありますしね。でもそれはときに遺される者にとって残酷になりかねないというか、口にしてしまうのは、去る側の、求め過ぎのような気がします。死に際してはたぶん求めるより与えるほうが、大切なものをより深く残していくのじゃないか……。『その日のまえに』で亡くなった妻・和美さんが残した「忘れてもいいよ――」という言葉は、去りゆく人からの大きいプレゼントじゃないでしょうか。

重松 おそらく忘れないんですけどね。人の生き死にだけじゃなくたって、たとえば1人の男がある女性と結婚するときに、これまで愛してきた女性の記憶が完全に消去されているわけじゃないですよね。いろんな思いがあって、それでも、もう十分に1人の女性を愛するに値するくらいに薄まっている。だから、薄まるということは大事かもしれないんです。ただ、かつてあった原液が薄まってくことへの後悔って、絶対にあると思うんです。折り合いをつけていくなかで、原液の純なるものを捨て去ることへの後ろめたさや寂しさをみんな持っている。思えば僕は、静人と出会う前の人たちの物語をずっと書いている感じがするんですよ。静人と会えない人々を書いていて思うのは、彼と出会ってしまうと、すごくキツくて、すごく迷惑だけど、でも本質的なところで救われるんでしょうね。

天童 重松さん、実のところ、自分をゆるしてない人って好きでしょう。

重松 そうかもしれません。

天童 ゆるしてない人が、ゆるす方向へ進むところの感情のダイナミズムが重松さんの作品の醍醐味の1つだと思うけれど、いわばそれは死にとらわれているところから、生きることへ重心が移ってゆくときのダイナミズムとも重なる。そしてこうした両極の途上の「揺れ」にこそ表現すべきドラマはあるし、いずれは死に落ち着く人間の、生きてゆく上での妙味でもあるのかなと思うんです。

重松 歩きだす瞬間を描きたいのかな、僕は。でも、『悼む人』も新たな生命の誕生で終わり、『静人日記』も歩き出すところで終わる。終わりは始まりであり、静人の旅はまだ途上です。

天童 重松さん自身も、途上ですか?

重松 きっとそうです。死んでしまった人たちを忘れながら生きていく旅の途上です。だからこそ、静人に会いたいんですよ、僕はずっと。

 

重松 清×天童荒太 「命をめぐる話」
第1回:物語から歴史へ
第2回:罪悪感の正体
第3回:生と死を意識させるもの

悼む人 上
天童荒太・著

定価:本体590円+税 発売日:2011年05月10日

詳しい内容はこちら

悼む人 下
天童荒太・著

定価:本体570円+税 発売日:2011年05月10日

詳しい内容はこちら

きみ去りしのち
重松 清・著

定価:本体1,524円+税 発売日:2010年02月12日

詳しい内容はこちら


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