一九八一年、「増税なき財政再建」を掲げ行財政改革に取り組んだ鈴木善幸内閣は、「勤勉と節約」「無私の人」土光敏夫の強力なリーダーシップに期待した。一九六一年の第一次臨時行政調査会以来、政治の現場で幾度も語られながら「総論賛成、各論反対」を繰り返し、大きな成果を上げることができなかった命題で、霞が関官僚機構と天下り先は肥大化し、国家財政は借金の山を積み上げていき、今日に至っているのである。
当時、入社三年目で鈴木首相の番記者だった私は土光臨調担当となったが、いま思い出してみると取材というよりも、国家の統治機構を学ぶための日々だったという記憶しかない。独特の「霞が関文学」で煙に巻く官僚たち、知ったかぶりの知識をひけらかす新聞記者の群れ、土光臨調の審議の裏側で既得権益死守に走り回る族議員、魑魅魍魎の世界だった。
そんな取材競争の中でわずかに救われた思いをしたのが、土光の言葉だった。
「君、頼むよ」
「しっかり伝えてくれよ。頼りにしているんだよ……」
臨調の節目の報告の際に開かれた懇親パーティーの会場で、端っこに立つ駆け出し記者の自分にまで歩み寄り、お尻をポ~ンと軽くたたきながら慈愛に満ちた表情で語りかけてきた土光の言葉と、着古してズボンの膝の辺りが丸まった黒の背広姿、威厳に満ちた立ち居振る舞いは、三〇年の時を経ても忘れることのない確かな記憶である。
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