書評

三〇年の時を超えて

文: 末延 吉正 (中央大学特任教授・元テレビ朝日政治部長)

『清貧と復興 土光敏夫100の言葉』 (出町譲 著)

「サラブレッドより野ネズミの方が強い」。若き日に見た「執念の人」「信念の人」土光の生の姿を出町に伝えながら、豊かさのなかでほころび始めている日本と日本人への強い危機感を、私たちは共有した。

 出町は記す。

土光は、経団連会長に就任直後から、行財政改革の必要性を感じていた。それは、「文藝春秋」七五年二月号の特集「日本の自殺」を読んだことがきっかけだ。
 その論文は、一見豊かさを謳歌している日本社会が、実は、崩壊への道をひそかに歩んでいるのではないか、と指摘していた。土光が普段抱いていた危惧を証明する内容だったという。
 論文は過去六〇〇〇年における二一の文明の栄枯盛衰を比較研究した。その中で、ローマと日本との比較研究を実施した。ローマ滅亡の要因を挙げている。
「『パンとサーカス』の要求である。かれらは大土地所有者や政治家の門前に群がって『パン』を求め、大土地所有者や政治家もまたこれら市民大衆の支持と人気を得るためにひとりひとりに『パン』を与えたのである。このように働かずして無料の『パン』を保障されたかれら市民大衆は、時間を持て余さざるを得ない。どうしても退屈しのぎのためのマス・レジャー対策が必要となる。かくしてここに『サーカス』が登場することとなるのである」
「こうして無償で『パンとサーカス』の提供を受け、権利を主張するが責任や義務を負うことを忘れて遊民化したローマの市民大衆は、その途端に、恐るべき精神的、道徳的退廃と衰弱を開始したのである」
 論文は古代ギリシャの没落も、ローマと同様と指摘した上で、いまの日本と状況が似ていると分析した。日本社会は自立自助の精神を忘れ、内部崩壊に向かっているとの見立てだ
〉(本書)

 土光が共感したこの論文は、保守系の学者たちが「グループ一九八四年」の名前で共同執筆したものだったが、二〇一二年、朝日新聞主筆(当時)の若宮啓文氏が取り上げたことから四〇年近い時を経て再び大きな反響を呼んだ。若宮氏は、論文の意義を認めつつ、

だが、僕はこの論文をただ称(たた)えたわけではない。そこでは「大きな偏見や見通しの間違いもあった」と書いたように、中にはかなり致命的な誤りもあった。それは福祉政策の充実について、人気取りで自律精神を失わせるものと見下したことだ〉(若宮啓文『新聞記者』ちくまプリマー新書)と自身の立ち位置を記す。

 論文を共同執筆した「グループ一九八四年」は、後に学習院大学教授の香山(こうやま)健一氏が執筆したことが明らかになったが、香山氏はかつて全学連(全日本学生自治会総連合)の委員長として左翼学生運動の中心に位置し、その後保守の論客となった人である。

 若宮氏は、当時の政府・自民党の誤りは、〈香山氏らの思想を借りて「日本型福祉」の路線を打ち出したことではないかと思う。(中略)石油ショックのあと福祉の路線を修正するのなら、家庭の美風に頼る日本型よりも、せめて「中福祉・中負担」を鮮明にし、国民に真っ向から負担増を求めるべきだった〉(同書)と指摘する。

 だが若宮氏はこう指摘しながらも、論文が分析し予見した内容については〈資源の枯渇、環境破壊、使い捨ての生活様式、大衆迎合の政治……。いま読めば、日本の行方を予言したように思える〉(同書)と述べている。

 保守とリベラルという日本における二つの政治潮流の論争はいまに続くが、そうした立場の違いを超えて「勤勉と節約」の実践者、土光の言葉と人生が、多くの人の心を捉えて離さないことだけは確かであろう。

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清貧と復興
出町 譲・著

定価:560円+税 発売日:2014年02月07日

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