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「原発安全神話」は、いかに崩壊したか

「原発安全神話」は、いかに崩壊したか

文:志村 嘉一郎 (元朝日新聞電力担当記者・ジャーナリスト)

『東電帝国 その失敗の本質』 (志村嘉一郎 著)


ジャンル : #ノンフィクション

「原発安全神話」は、福島第一原発1号機ができたころから、壮大な仕掛けでつくられてきた。神話の題材を提供する人がいて、神話を創作する人がいた。創作した神話は、語り部によって広めねばならない。語り部を動かすには、資金も人も必要となる。語り部が語り出すと、みんなが神話を信ずるようになり、朝日新聞も毎日新聞もいつの間にか「原発賛成」を言うようになった。新聞だけでなく、テレビ、週刊誌、経済誌、評論家などをも、東電は原発安全神話に巻き込んでいった。その仕掛けは、どうだったのか。この本で明らかにしたい。

 東京電力の管内でない福島に原子力発電所をつくったのは、第四代社長の木川田一隆である。社内では「木川田天皇」と呼ばれた。木川田が社長になると、「企業の社会的責任」をわが国で初めて言い出し、公益事業としての東京電力の社内改革を推進していく。石油危機の前に「石油は有限で値段も上がる」と早くから予見、原子力発電の必要性を考え、福島県知事を説得、福島第一原発を建設した。なぜ、東電の供給区域外の福島だったのか。

 事故後の東京電力の記者会見の模様をテレビで見ると、社長は現れず、説明する人も原発事故を他人ごとのように語っていた。古くから東電をウオッチしてきた私は、なぜこのようなおごれる東電になってしまったのかと思った、というのがこの本を書くきっかけだった。

 電気事業法によれば、電気事業は地域独占を認めている代わりに電気の供給義務がある。「計画停電」というが、供給義務を放棄した勝手な「輪番停電」だった。消費者の要望を無視して、強制的に電気をストップしてゆく。これで地域独占を続けるというのはおかしい。電気事業経営のカギは電源確保と電気料金値上げ。電気を生産すれば自動的に売れる地域独占の構造で、生産コストが上がれば料金値上げを政府に認めてもらえばよい。そのからくりが「カネと政治と天下り」。政治家には与野党問わず政治献金をし、電力・鉄鋼・銀行が「献金御三家」といわれたように豊富な政治資金をばらまいて来た。監督官庁の通産省(現在は経産省)から半世紀にわたって高級官僚の天下りを受け入れ、東電は、省内の人事までコントロールできる立場にあった。

 日本経済が上り坂の時代、原発の建設が順調で、電源をつくりさえすれば売れ、料金値上げも自民党と通産省に根回しすれば万事OK、東電の経営は順調だった。そして、国会や通産省、マスコミだけでなく、経団連など財界も、電気事業連合会や日本電気協会、電力中央研究所など周辺団体も、東電の金と人事の力で、「東電帝国」の版図に組みこんでいった。

 バブル経済がはじけると、東電の経営にも効率が持ち込まれ、原発にもコスト意識が要求された。原発の発電単価は安く、石油火力の半分ですむ。運転期間をなるべく長くして、稼ぐことが評価された。原発の法定耐用年数は16年。福島第一原発の1号機は40年間も使った。人間でいえば90歳から100歳。もう限界にきていたのである。その裏側も表に出したい。

 我が国で初めて東京・銀座に電灯がつき、東京電燈が設立されて約130年。最初の約60年間は自由競争の時代だった。次の約10年が戦時体制の電力国営化の時代、そしてこの60年が地域独占の九電力体制の時代だ。九電力体制は、戦前の自由競争の期間を超え、すでに制度疲労を迎えているときに、今度の事故が起きた。大地震と大津波の対応に失敗した東電の体質は、この60年間で培われてきたのである。

東電帝国 その失敗の本質
志村 嘉一郎・著

定価:798円(税込) 発売日:2011年06月20日

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