- 2014.09.05
- 書評
大切なことはすべて子どもたちに教わった 絵本作家かこさとしさんが川崎を再訪した日
文:馬瀬 錠治 (株式会社北野書店営業部部長)
『未来のだるまちゃんへ』 (かこさとし 著)
今年(2014年)3月29日、弊店にかこさとしさんをお迎えするという僥倖を得た。私共の書店は川崎市幸区に位置し、かつてかこさんがセツルメント活動をされていた古市場とは隣接しているため、かねてから何かできないかと思案していたのであるが、この度ご本人の誕生日に合わせて店内では絵本その他の作品を集めたフェアを催し、店舗の外ガラス一面には出版社様の協力でキャラクターの絵柄を配したパネルを貼ったり、かなり大がかりな企画を試みたのだが、実際に動き始めたのは年が明けてからだったのではなかったか。
かこさんと懇意にされている東京理科大学学長の藤嶋昭教授のお力添えや版元の偕成社様をはじめ、各方面の方々の御助力を賜りながらタイトなスケジュールの中で準備し、当日を迎えた日のことは今でもありありと思い返すことができる。
当然のことながら、書店員の身として考えればこのような機会をイベントに結び付けてサイン会や講演とはいかないまでも何かおはなしでもといった図々しい考えがなかったと言えば嘘になるだろう。
しかし、社内での検討の結果、私たちは全く別の方向を選択した。お客様に対しては大変申し訳ない話なのだが、事前告知などは一切せず、所謂お忍びのような形でお越しいただいたのである。そして店内のフェアの様子などを一巡してご覧いただいたうえ、写真撮影。たまたまその場に居合わせた子どもたちは目ざとくかこさんに気づき、大喜びで握手をせがんだり、話しかけたりとほほえましいハプニングはあったものの、30分くらいで店舗イベントは終了した。
しかし、当日のイベントはここからが本番だった。第3章「大切なことは、すべて子どもたちに教わった」の中で詳細に描かれているが、半世紀以上前、若きかこさんがその鋭い目で子どもたちを見つめ、子どもたちと一緒になって遊びながらも日々悩み毎日を模索し続けた思い出の地を再訪していただいたのである。「戦後間もないころの焼け野原のあとに建てられた木造のバラックみたいな平屋がズラリと並んで」いたころとは打って変わって現在の川崎は再開発が進み、古市場周辺も瀟洒なマンションや新築の住宅が立ち並ぶ地域となっているものの、運動会をした公園や、当時のお住まいがあった辺りをめぐるかこさんはなつかしそうに目をほそめていらっしゃった。
また、当時のご近所さんのお宅がそのままに残っているのを見つけた時には我々のいたずら心も手伝って、門前のチャイムを鳴らしてみた。すると玄関のドアを開けて現れたのは何と当時のご近所さんその人であり、思いがけない再会を果たしたお2人はびっくりしながらもわずかな時間の中で旧交を温めておられた。
そんなこともあり、ご高齢のかこさんには予想外の強行軍となってしまったのであるが、絵本作家として歩みだすきっかけとなったこの川崎の町を、そしてそれが色あせることなくかこさんの中に確固とした存在感を持っているという事実を感じることができたのは私個人にとっても貴重な体験となった。
以上のような体験を踏まえ、この『未来のだるまちゃんへ』という1冊を読んだ私には、かこさんの語る一語一語が何かつややかでみずみずしい感触を持った生物のような、生き生きとした実感を伴って迫ってくるのである。
その語り口はやさしく、穏やかではあるものの具体的で力強い。そして、すべてを子どもたちから教わったと語る通り、著者のかこさんはその「大切なこと」を私たちに向かって教えてくれるのである。
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