- 2014.10.24
- 書評
「世界の警察官」ではなくなった「アメリカ帝国」は如何にして衰亡していくか
文:中西 輝政
『アメリカ外交の魂 帝国の理念と本能』 (中西輝政 著)
出典 : #文春文庫
ジャンル :
#政治・経済・ビジネス
本書は、今からおよそ十年前の二〇〇五年一月、同名のタイトルで集英社より刊行された単行本が元になっている。著者としては、今般、文藝春秋の学藝ライブラリーの一冊に収められ文庫版として再び世に出る機会を与えられたことを、とりわけ嬉しく思う。それには、次のような特別な理由があるからである。
右の単行本を書き進めていた二〇〇四年のあの頃は、前年の二〇〇三年三月にジョージ・W・ブッシュ(息子)大統領によって強引に開始されたイラク戦争をめぐって、日本を含む全世界で一大論争が熱っぽく展開されていた時期だった。とくに国連安保理での明確な合意を欠いたままの一方的なアメリカの軍事行動、あるいはアメリカ政府がイラク攻撃の理由にしていた「大量破壊兵器製造」の疑いも根拠がなかったことがわかり、これらの問題をめぐって日本でも激しいアメリカ批判が、いわば「一世を風靡」していた時期であった。
実際、あの戦争を境にして、日本人も含め世界のアメリカを見る眼は大きく変った。とりわけ、私が注目したのは、戦争を通じて示されたアメリカの巨大な軍事力やその覇権主義的なリーダーシップの強烈さが、日本人を含む世界の人々に大変強い、そして多くはネガティヴな印象を与え、そこから、もはやアメリカを単に「唯一の超大国」とするだけでは足りず、全世界を支配し君臨せんとする文字通りの世界帝国、と見なすような風潮が広がったことであった。
しかし、あれから十年経った今、まさに状況は対極的といってよいほど様変わりしている。今や人々はバラク・オバマ政権の「弱腰」を嘆息し、中東や南シナ海、アフリカやウクライナなどでのアメリカの不介入ないし、きわめて抑制的な関与に終始している様を見て、ついに“世界の警察官”の役割を放棄し始めたかに見えるアメリカに対し危機感すら覚え、その「無責任」をしきりに批判している。アメリカの世界への対応と人々のそれを見る眼のかくも大きな変転。この変わりようは一体、何なのだ、という問題意識こそが、今、求められているのである。
さらには、二〇〇八年秋に起った「リーマン・ショック」に始るアメリカ経済の急激な後退を眼にして、これを決定的な「アメリカの衰退」と捉えたり、同時期にアメリカとは対照的なめざましい経済発展の趨勢を示し始めた中国の動向を眼にして、「米中の覇権交替が始まった」といった性急なアメリカ観や世界情勢論が、この間、日本を含めて世界中で大きく取り沙汰されることにもなった。
しかし、これまた現在、「復活するアメリカ経済」とか「中国台頭の終焉」という声も聞かれ始めた。アメリカ外交をめぐる情勢そのものの変化もさることながら、人々のそれを見る眼の転変の激しさ。この劇的な変わりようをどう考えたらよいのか。
こうした人々の見方の変容の背景には、まず現実の状況の大きな変化があることもたしかであろう。「9・11」をきっかけとして、あれほど華々しく鳴物入りで始ったアフガニスタンとイラクにおけるアメリカの戦争であったが、今日どう見ても「勝利」を謳える結末にはなっていない――というより、アメリカの介入も再び「幻滅の泥沼」といえる様相を呈している。そして考えてみれば、朝鮮、ベトナム、イラク、アフガンと第二次大戦後のアメリカの対外介入は「勝利」よりも「幻滅」に終ったケースが殆どとすらいえる。なのにアメリカは、なぜ繰り返し同じことを続けようとするのか。
たしかに今、二〇一二年に再選された後のオバマ大統領率いる二期目の現政権は、アメリカの歴史にも余り例を見ないほど極端な不介入ないし非軍事志向が際立っている。これは、十年余り前のブッシュ・ジュニア(息子)政権の、あのギラギラとした覇権主義、「大米帝国の到来」(朝日新聞)とすら称された当時のアメリカ一極世界の極端なイメージは、一体どこに行ってしまったのか。あれから僅か十年しか経っていない、というのに。
ここに、人々の「アメリカを見る眼」の不確かさ、時々刻々に変わる世界情勢論の頼りなさ、というものが垣間見えてくるのではないか。本書を執筆したのは、まさにこうした問題意識からであった。そして、このことが、ようやく多くの人々の眼にも明らかになり始めた今、本書が装いを新たにし再び多くの読者の手に届けられる機会を与えられたことは、著者として望外の喜びという他ない。私としては、歴史の広い視野から、こうした疑問に答えようとした本書の文庫化はまさに絶妙のタイミングでの再刊行、と思えてならないからである。
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