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弥子とニコは手をたずさえて、自分たちの〈すごさ〉を世に知らしめるための計画を立てる。その第一歩は、小樽市の読書感想文コンクールだ。
題材にはジョージ・ソーンダーズ『短くて恐ろしいフィルの時代』(岸本佐知子訳、角川書店)を選んだ。理由は、
〈このひとの訳した本は、間違いなく、へんてこなんだって〉
というニコの伝聞情報だ(この小説はじっさい、僕が読んだなかでも有数の〈へんてこ〉な小説だと思う)。
弥子がニコの名前で書いた感想文は、ニコの複雑な家庭環境──〈私には父がいない。生まれた時からいなかった〉──を織りこんだ、審査員殺しなもので、その締めの二文はこういうパンチラインだ。
〈私は信じる。私たちは善なのだと〉
この感想文は小樽市のコンクールを最優秀で突破し、全道大会で知事賞を受賞、全国読書感想文コンクールでは文部科学大臣奨励賞に輝く。破竹の勢いだ。
表彰式の動画がYouTube に上げられることを見越して、弥子はニコに姿勢や表情のトレーニングすら命じる。弥子はニコのルックスや家庭環境という「キャラクター」と「物語」を最大限活かそうとするのだ。
アーティストにせよ政治家にせよアスリートにせよ、キャラクターや物語をまったく無視して「仕事」だけを評価するというのは、なかなか難しいことだし、ひょっとしたら不可能かもしれない。正体を明かさずに活動する覆面作家だって、その「正体不明」とか「隠している」ということが、物語を生んでしまう。
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『てらさふ』は二〇一三年九月に雑誌連載を完結、加筆・修正のうえ、翌年二月に文藝春秋から刊行された。
偶然なのだけど、刊行の直前に、佐村河内守氏の作品として過去一八年間にわたって発表されてきた交響曲第一番『HIROSHIMA』や『鬼武者』などの作品が、作曲家・新垣隆氏の手になるものであったことが発覚し、話題となった。
これと前後して、書道中心の公募美術展「全日展」で福島県をはじめ少なくとも二三県の知事賞の受賞者が、架空の人物だったことが判明し、これもニュースになった。
「広島被爆二世」「後天性の全聾」といった「キャラクター」と「物語」が、佐村河内氏のCDのヒットの要因と言われていただけに、このいわゆる「ゴーストライター問題」は、ただ「代作だった」という以上の反響を生んだ。
佐村河内氏の指示書きをもとに新垣氏が作曲・オーケストレーションするという「佐村河内守」作品の特殊な作りかたは、そのやりかたでしか生まれないものを生んだと、個人的には思っている。かなり興味深い作曲法だと思う。
ちなみに交響曲第一番『HIROSHIMA』はWikipedia によると、
〈2009年、芥川作曲賞の選考の際に、審査員の一人、三枝成彰がこの曲を推薦したが、受賞は果たせなかった〉
芥川作曲賞は作曲家・芥川也寸志(一九二五─一九八九)を記念した音楽賞で、新進作曲家の作品を対象とする。芥川也寸志の父は小説家・芥川龍之介だ。
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