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『紳士の言い逃れ』解説

『紳士の言い逃れ』解説

文:金田一 秀穂 (杏林大学外国語学部教授)

『紳士の言い逃れ』 (土屋賢二 著)

出典 : #文春文庫
ジャンル : #随筆・エッセイ

 同情はしたけれど、目立った対応をせず、それでも、時間は何もせぬうちにすぎていく。そのうち、締め切りが過ぎたという連絡が、矢継ぎ早やに来るようになってしまった。書かないわけにはいかない。

 師の連載は、「週刊文春」を買った時には必ず読むことにしている。ただし、解説を必要とするような文章ではない。何かを言えば、その分だけこちらが愚かに見えてくるような文章である。とりあえず読みとばす、そののち単行本になったときに買う、というのが読者の正しい態度であると思われる。単行本を買うのは、連載時にはなかった内容が含まれている可能性があるからだ。調べていないのでよく分からないのだが、前回の「不要家族」には、師の画伯としての才能が遺憾なく発揮されており、大きくなったらライオンになるという野望を抱いた仔猫が掲載されて、最も魅力的なページになっている。

 それにしても、連載が単行本にならず、すぐに文庫本として出版されるというのは、すごいことである。文庫本は、時代を超えた名作であるという証明である。連載からハードカバー版を経ずに文庫になって、他人に解説まで書かせるという待遇をどのようにして師は文春から勝ち得たのか、いつかゆっくり聞きたいものだと思う。

 師の連載は、基本的に時代を超えている。時代を超越した普遍性と言おうと思えば言える(言おうと思えばなんだって言える)。そのような基本的姿勢がありながら、まえがきでも触れておられるように、今回だけはさすがに、地震と津波と原発事故に触れざるを得なかった。なかでも、その政府・東電批判の文は、あのころ雨後の竹の子のように頻出した凡百の批評の中にあって、傑出している。このことは、とくに読者の注意を喚起したい。他者を批判するには、まず自らが血を流して見せる必要がある。自分は何も手を汚してないかのように、それまでの無批判な自分の態度をすっかり頬被りして、組織のウソをこきおろしても、あまり説得力はない。

 師は、今に至るまでの自らの不誠実な態度、不正直な言動を、赤裸々に告白され、それが政府や東電の事故対応と全く同じであることを指摘される。そうして、更にすごいことには、師は、自分のそのような態度を言葉上反省されはするものの、悔いて改めることをしない。行動を変えることなく、むしろそこで居直る。まるで、現在の政府や東電の様子を予見されていたかのようである。鮮やかというほかない。

「紳士の言い逃れ」には、あの天才いしいひさいちの描くカバー画もつくであろう。他にも、連載時にはなかった特典がどこかにあるかもしれない。ぜひ、買ってほしい。

 また、もうこの本を買ってしまったあとで、この解説を読まれている方もあるかと思う。しかし、それで自分の責任が終わったと思われては困る。この解説を読んだ方であれば、「では、さくらももこさんとの仕事が決まったときの回の載っている本を買おう」「可愛らしい仔猫の書かれた本を買おう」と思われたはずである。ぜひ書店へ急いでほしい(ただし、古書店で買われても、師はあまり喜ばれないであろう。くれぐれも新刊書店で買うことをお勧めする)。それでやっと私の解説の責任が果たせるのだから。

紳士の言い逃れ
土屋賢二・著

定価:557円(税込) 発売日:2013年08月06日

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