恋愛劇に関しても、垣根涼介はアキと高木を見事にバランスさせている。アキが年上の恋人・和子とオーソドックスな恋愛を始めるのに対し、高木とDDは肉愛であり、ところかまわず射精するといったかたちで、まさに対照的な恋愛劇となっている。しかしながら、高木がDDと付き合ううちに自分のなかに宿っていた気恥ずかしくて笑い出したくなるような素直さを発見したり、あるいは、アキと和子が性的に深く目覚めていくなど、共通点も少なからず生まれてくるのだ。こうした共通化と対比のバランスも見事。しかも、そうした恋愛劇が、一億六千万円の強奪という基本的な流れを妨げずに盛り込まれている点もさすがだ。いやはや、まったくもって巧いのである。
そして、この小説は熱い。登場人物のそれぞれが、それぞれの流儀で熱情を示しているのだ。なかでも熱いのが、コロンビア人娼婦DDである。彼女と高木の交わりのなんと熱く生々しいことか。体液っぽいところやばっちいところも含め、彼等の行為は包み隠さず描かれており、二人の根源的な情愛の熱さがひしひしと伝わってくるのだ。この『サウダージ』は、従来作品になかった濃密さで性描写が繰り返し挿入され、それがストーリーを突き動かす役割をきちんと果たしている点で、垣根涼介がまた進化したことを証明した一作といえよう。
こんな具合に巧くて熱い『サウダージ』。従来からの読者にももちろんお勧めが、『ワイルド・ソウル』で垣根涼介を初めて知った方々にも、是非読んで戴きたい(できれば過去の二作も含めて)。『ワイルド・ソウル』が備えていた南米的気楽さという魅力と、日本政府が国民を異国に棄てたという過去を糾弾する姿勢は、『サウダージ』にもしっかりと継承されているので。もちろん、『ワイルド・ソウル』の山場の一つであったカーアクションは本書でも健在であり、読者の期待に応えてくれている。
ラテン系クライムノベル――いささか乱暴な表現だが――というジャンルを開拓しつつある垣根涼介。彼の拓く大地からは、まだまだ美味なる果実が収穫されるだろうが、まずは、『ワイルド・ソウル』を凌(しの)ぐ出来映えといえるこの『サウダージ』を味わってみて欲しい。経験したことのない刺激的な味を愉しめること請合である。
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