書評

麻雀とハニャコさん

文: 白幡 光明 (元編集者)

『後妻業』 (黒川博行 著)

 デビュー作の『二度のお別れ』(一九八四)に始まる大阪府警シリーズは、新しい刑事像を作ったと評価され、若手の作家たちに衝撃を与えた。それまでの刑事といえば、松本清張作品に代表されるように正義感に溢れ、不平不満を言わず、靴底をすり減らして地道な捜査に従事する、というものだった。ところが、それとは真逆で、大阪弁で給料が安い、やれ暑い、とぼやきながら捜査にあたる惚(とぼ)けた刑事と真面目な刑事の組合せを描いたのである。

 当初はトリックを重視した新本格に近い作風だったが、『切断』(一九八九)からハードボイルドサスペンスへと大きく舵を切る。さらに『封印』(一九九二)が吉川英治文学新人賞候補になったことで、ハードボイルド路線の自信を深め、社会派からノワールへと傾斜していく。

 黒川さんは、打算的で利害に敏感な、金銭に突き動かされる人間を積極的に描く。悪に手を染める人間の言動にこそ人間の本音、本質が出る、というのである。同時にそれは時代への鋭い風刺となっている。

 その後、『カウント・プラン』(一九九六)が日本推理作家協会賞を受賞し、直木賞候補となったことで、一躍注目を集める。

 節目となるのが『疫病神』(一九九七)である。建設コンサルタントの二宮啓之が産業廃棄物処理場を巡るゼネコンとやくざの暗闘に巻き込まれ、極道の桑原保彦とともに事件解明に挑む物語である。産廃業界という一般にはほとんど知られていない世界をつぶさに描いているところも読み応えがあるが、なんといってもこの作品を成功させているのは、二人の主人公、二宮と桑原の強烈な個性と大阪弁を駆使した軽妙且つ活き活きしたやり取りとスピード感にある。

 会話の中に次に展開するための情報をどう盛り込むか、かといって入れすぎては軽快さが損なわれる。黒川さんはこの会話のテンポを上方落語に学んだという。

 主人公設定のヒントになったのは、映画『悪名』の勝新太郎と田宮二郎のコンビである。この映画の勝は河内弁だが、それを大阪弁に置き換えた。

『疫病神』は初めて五万部を超え、この年、収入も初めて雅子さんを超えた。

「作家専業になってしばらくは二百万くらいしか年収がないのに、それ以上飲み代につこうて、私に借用書ようけ書いとったね。あ、ピヨコちゃん、あの借金、まだ返してもろてないとちがう」

「あほ言え。とうに返してる」

 ヒット作となった『疫病神』はシリーズとして書き続けられることになる。

 その第二作が北朝鮮を舞台とした『国境』(二〇〇一)、続いて『暗礁』(二〇〇五)、『螻蛄(けら)』(二〇〇九)と二宮・桑原コンビは大暴れ。五作目の『破門』(二〇一四)は第百五十一回直木賞を受賞する。

『破門』ではこれまでと違い、大暴れするだけではなく、暴排条例と暴対法施行後にやくざの生活が大きく変わっていく中で苦悩する桑原が描かれる。『破門』は十万部を突破した。

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後妻業黒川博行

定価:本体740円+税発売日:2016年06月10日


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