2015.11.16 書評

ゲームのような騙しあいが華麗に繰り広げられる極上の美術ミステリー

文: 柴田 よしき (作家)

『離れ折紙』 (黒川博行 著)

『離れ折紙』 (黒川博行 著)

 わたしはバイリンガルである。

 うわ、イタイ奴、いきなりの自慢かよ、と思われた方、すみません。自慢です。でもわたしが使いこなせる二つの言葉は、日本語と英語でもないし英語とフランス語でもない。

 わたしは、東京弁と関西弁を瞬時に使い分けることができるのだ。話している相手が標準語を使っていれば東京弁になり(標準語は使えません)、関西のイントネーションが少しでも聞えてくれば関西弁になる(ただし、いろんな地域が混ざった関西弁です)。

 二十六年間東京の下町で育ったあとで、十八年間京都や滋賀で暮した。そして関東に戻ったのだが、同居している家族は関西人。夫はばりばりの神戸弁を話し、息子は保育園の保育士さん仕込みの京都弁を話す。従って家庭内の共通語は関西弁。神戸+京都のミックスだけど。でも一歩マンションの部屋から出ればここは関東。ご近所さんとの挨拶だって関東言葉である。

 いつだったか、まだ京都で暮していた頃、打ち合わせに来てくれた担当編集者とタクシーに乗った。それまでずーっと普通に東京言葉で喋っていたわたしが、タクシーの運転手さんに行き先を告げた時豹変して関西弁になった。担当さんはものすごくびっくりした。そのくらい、瞬時に切り替えられる。だから自慢なのである。ただし、特に何かの役に立つというわけでもないけれど。

 前書きが長くなりました。

 そんなわけで、関西弁が好きだ。でも東京の人達がイメージするような、お笑いで使われているタイプの関西弁はちょっと苦手。笑いをとろうとする為なのか、あれはかなりきつい。喧嘩腰に聞えるし、音も強くリズムが悪い。実際に関西で暮していると、日常的に使われている関西弁はとても音楽的だとわかる。耳に心地よく響き、心に優しい気がする。だから自分の作品でもそういう関西弁を書きたいと苦労するのだけれど、うまくいかない。音楽的な言葉はえてして、文字にしてしまうとその魅力をほとんど失ってしまう。

 ところが、である。黒川さんの作品に使われている関西弁は、奇跡のように楽しいのだ。時にロック、時にジャズ、また時にムード歌謡のように多彩な音楽性を帯び、なんでもない会話が驚くほど活き活きと目から脳に達してリズムとメロディを持つ。

 その心地よい文字の配列に酔いながら読んでいくと、脳裏に立ち現れて来るのは大阪の街。黒川作品は大阪を、神戸を、奈良を、関西を、こと細かにくっきりと描き出す。読み進むにつれて実在する町名、道路、建物が次々とめまぐるしく視界を流れ、登場人物たちと共に関西を駆け巡らされることになる。

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黒川博行
黒川博行・著

定価:本体620円+税 発売日:2015年11月10日

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