- 2014.11.03
- 書評
リークをめぐる3つの形態
文:佐藤 優 (作家・元外務省主任分析官)
『マネー喰い 金融記者極秘ファイル』 (小野一起 著)
出典 : #文春文庫
ジャンル :
#エンタメ・ミステリ
現場のやり手記者には、「好みのタイプは、情報を持っている人です。好きになるのは情報を教えてくれる人です」というような発想をする人が少なからずいる。こういう記者は、相手の懐に飛び込む技法を身につけている。それが、秋山の藤谷に対するアプローチに典型的に表れている。
〈「本当のことだったら何でも記事にすべきだという私の考えが、間違っていたと思っています」
「じゃあ、君の考えのどこが、間違っていたんだい」
「金融システムは信用で形成されています。報道で、その信用を崩してしまえば、その打撃は取り返しのつかないぐらい大きくなります。その点への配慮が浅かったと思っています」
「メガバンクが機能不全になれば、企業の資金繰りが苦しくなり、多くの企業に突然死が訪れる。しかも、その影響は日本にとどまらない。世界経済が激しく動揺する最悪の展開だって想定される」
藤谷は大仰な口ぶりで、付け加えた。
「その通りだと思います。私は、これからもしっかり記事を書きます。でも書く時には、ちゃんとした裏付け取材と、記事の影響に対する十分な配慮が必要だということが今回、深く身に染みました」
麻央は素直な口調で、藤谷の主張を受け入れた。
「秋山君、分かっていると思うが、何も私はジャーナリズムの役割を軽んじているわけじゃない。むしろ、とても重要だと考えているんだ」
「ええ」
「健全な経済システムは、ジャーナリズムの力なくしては実現しない」
「はい。それは、そうだと思います」
「僕は、いつも自分が完璧な行政を行っているなんて微塵も思っちゃいないよ。もちろん、誠実にベストは尽くしているつもりだがね。だから、僕たち政府の人間が間違いを犯した時は遠慮なく叩けばいい。秋山君は、健全な批判機能を発揮すればいいんだ」
藤谷は強い口調で熱弁をふるった。その表情には、自信と余裕からか微かな笑みも浮かんだ。〉(235~236頁)
霞が関(官界)でよくあるような官僚と記者のやりとりだ。もっとも秋山の場合は、藤谷を信用させ、最後は思いっきり裏切ることを考えている。こういう記者が現実の取材現場にも増えてくると新聞はもっともっと面白くなる。実際には、官僚の論理に取り込まれて、本気で「本当のことだったら何でも記事にすべきだという考えが、間違っている」と考える記者が出てくる。こういう記者が国民の「知る権利」を阻害することになる。「神は細部に宿る」と言うが、この作品は、報道の現実を熟知する元記者によって書かれているので、細部が実に生き生きとしている。だから面白い。
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