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リークをめぐる3つの形態

リークをめぐる3つの形態

文:佐藤 優 (作家・元外務省主任分析官)

『マネー喰い 金融記者極秘ファイル』 (小野一起 著)

出典 : #文春文庫
ジャンル : #エンタメ・ミステリ

 筆者は外務官僚だった時代に、上司に命じられて記者に対する裏工作を何度も担当した。特に重要なのがリーク(情報漏洩)だ。官僚のリークには3つの形態がある。

 第1は、官僚が自ら進めたいと思う政策をやりやすくするために親しい記者にリークして、国民(読者)に政府の立場を理解する方向で報道してもらうように働きかけることだ。露骨に政府の政策を支持するような記事は、逆効果だ。「政府がこのような政策を取るのは、所与の条件の下で、それが日本国民と日本国家にとって最善だと確信しているからだ」ということが、さりげなく国民に伝わればいい。

 この変形であるが、官僚組織に与えるダメージを極少にするためのリークもある。大きな事件や事故があって、紙面の大部分がそれに割かれるときに、あえて役所の不祥事に関する情報を流す。大きなニュースがない日ならば1面トップになるようなニュースでも、社会面で小さく扱われるだけで済む。

 第2は、官僚が、自分の考えと異なる政策を潰そうとするときだ。その背後には、官僚と政治家の対立、あるいは、官僚内部での権力闘争や路線闘争がある。例えば、「北方領土について、日本政府が直ちに四島の返還を求めないという新方針を検討中」というような報道がリークされるときは、外務省内の対露強硬論者が、「ロシアに対して甘い方針を取っていいのか」と右バネ(右翼)を刺激して、その新方針を潰すことを目的としている。あるいは、「北朝鮮側から拉致被害者を含む十数人を日本に帰国させる方針を内々に打診」というような憶測記事が報じられるときは、拉致問題が解決するのではないかという国民の期待値を上げ、結果が伴わなかった場合、「政府は何をやっているのだ」と政権の権力基盤を弱体化させることを意図したリークと見るのが妥当だ。

 第3は、「自分は、こんなに重要な秘密を知っているんだ」ということを記者に話し、自己顕示欲を満たす場合だ。こういうタイプは、官僚だけでなく政治家にも多くいる。記者が、「先生は知らされていないんですか?」と尋ねると、こういう政治家は、必死になって情報を収集し、教えてくれる。

 この作品には、ここにあげた3つのリークの形態がすべて出てくる。もっとも、金融を舞台にしているので、政策や出世だけでなく、リークが金儲けにも直結する。「切った張った」のエンターテイメント性がより強くなっている。

 ニュースがこうして作られているのだということを知りたいすべての人にこの作品を薦める。

マネー喰い 金融記者極秘ファイル
小野一起・著

定価:本体590円+税 発売日:2014年10月10日

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