- 2014.11.03
- 書評
リークをめぐる3つの形態
文:佐藤 優 (作家・元外務省主任分析官)
『マネー喰い 金融記者極秘ファイル』 (小野一起 著)
出典 : #文春文庫
ジャンル :
#エンタメ・ミステリ
さて、マスメディアの特徴は、媒体(メディア)であることだ。国家、大企業、大富豪は、一般の国民が入手することができない情報を持っている。これらの情報は、国家秘密、企業秘密に該当するものが多いので、なかなか外部に出てこない。それを入手するのが記者の腕だ。そのために有能な記者は、情報を持っている人と個人的信頼関係を構築することに腐心する。そして、情報源との信頼関係が崩れないように細心の配慮をしながら、「特ダネ」競争をする。他の複数社が「特ダネ」を報じたにもかかわらず、自社だけが報じられなかったというようなことがあると、「特落ち」になる。誰がどの「特ダネ」を取るか、自分が「特落ち」をしないようにするためにはどうするかということが、記者の行動原理になる。それだから、取材現場は、「切った張った」の世界になってくる。記者の間には、ライバルであると同時に、連帯意識が生まれてくる。この作品に出てくる山沢勇次郎、秋山麻央、西田健太はまさにこのような記者だ。もっともこのような「切った張った」の世界で仕事をするのは30代、遅くとも40代半ばまでで、デスク(部次長)以上に出世すると、部下の原稿の手直しや、取材の方向性について指示することが主な仕事になり、記事を書かなくなる。秋山、西田は、若手でエリートコースを歩んでいるが、山沢はラインから外れている。
〈口の悪い記者は、山沢のことを「牢名主」と揶揄する。通常は年上のはずのデスクの川崎は山沢にとっては後輩だ。デスクから敬語を使われる記者など本来はいてはならない存在なのだ。〉(14頁)という表現にはリアリティーがある。もともと学者を志望していたが、ある事件のために現実に影響を与える仕事に転身したいと考え新聞記者になった山沢というトリックスターが、周囲の「磁場」を変化させていく過程が面白い。山沢のように「いつまでも第一線で書き続けたい」という思いを持つ新聞記者は多いのだが、実際には、「組織の文化」にとらわれて、なかなかそうならない。「組織の文化」で記者たちをもっとも拘束するのが出世欲だ。30代までは「私は出世に関心がありません。いつまでも現場で記事を書き続けるのが夢です」と言っても、部長職をオファーされて断った人は、筆者が個人的に面識を持つ記者の中には一人もいない。官僚の職業的良心は「出世すること」であるが、それとよく似た文化が新聞記者にもある。著者の小野一起氏は、こういう「組織の文化」にとらわれないで生きるという新聞記者が持つ夢を主人公の山沢勇次郎に託しているのであろう。勇次郎の「勇」は、勇気、勇敢さを象徴しているのだと思う。
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『赤毛のアン論』松本侑子・著
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