- 2016.05.30
- 書評
キャラクターをめぐる椅子取りゲーム
文:倉本 さおり (書評家)
『フルーツパーラーにはない果物』 (瀬那和章 著)
出典 : #文春文庫
ジャンル :
#エンタメ・ミステリ
彼女たちはある意味、ショーウィンドーに映る自分自身の姿を知りすぎてしまっているのだろう。だからこそ、生き残るためにふさわしいと判断したキャラクターを脱ぐことができずに苦しんでいるのだ。
ところが、がんじがらめの彼女たちにささやかな転機が訪れる。
〈フルーツパーラーにはない果物はなんでしょう?〉
ふいに投げかけられたクイズをきっかけに、彼女たちはそれぞれのキャラクターを見つめ直すことになる。
真衣はなんの変哲もない、「普通のイチゴ」である自分に嫌気が差し、強烈な個性を携えて現れた「マンゴー」のようなライバルにかつてない敗北感を抱く。「レモン」のモリッチは、あざといほどガーリーな雰囲気を振りまく「さくらんぼ」に美味しいところを持って行かれてしまうし、「桃」の玲奈は、醜く黒い斑点の浮いたバナナの味にずっと焦がれてきた自分に気づく。それまで自分が並んでいたはずのショーウィンドーから弾かれる経験が、彼女たちの視界をすこしずつ広げていく。
一方、この台詞を口にした張本人である桧野川は、真衣たち三人の関係――ただ綺麗なだけじゃない、嫉妬や羨望の入り混じった女の子特有の関係性に憧れている。甘かったり、酸っぱかったり、それぞれに個性的で可愛くて、傷みやすい。そんなとりどりの果物たちがお互いでお互いを比べ合い、凹んだり傷ついたりしながらも、自分を鼓舞して戦っていく――それこそが、実はくだんのクイズの間接的な答えであり、真衣たちを悩ませている問題のヒントなのだ。
〈私たちはみんな自分のことが嫌いで、いつだって誰かを羨んでいるくせに、人生をまるごと取り替えてあげようかと言われると、悩んだ末に断ってしまうくらい自分に執着している〉
この一文を読んだとき、思わずため息が漏れた。
そう、ページの向こう側でひしめきあっている、色も形も匂いもバラバラな果物たちの姿は、どれも私たちの分身だ。私たちはいつのまにか自分に貼りつけられたラベルに戸惑いながらも、誰かにその名前を呼ばれるたび、やっぱりどこか嬉しさを隠せない。
イチゴにはイチゴの、レモンにはレモンの、桃には桃の、そしてパイナップルにはパイナップルの価値があり役割があり、取り替えのきかない意味がある。もし席が足りなくて座れないのなら、椅子の数を増やせばいいだけの話だ。酸いも甘いも苦いも味わい、ちょっとだけ大人になった私たちには、そういうズルも許されている。
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