別のローマ都市遺跡で世界遺産の「サブラタ」では、公立学校の英語の先生が私たちを出迎えてくれた。経験の浅いスルーガイドは、「現地ガイドはいないが、彼がいるから大丈夫」と紹介した。ところが、先生と二、三会話を交わした私は、頭の中が真白になった。先生は英語が話せるというだけで、「遺跡のことも歴史のことも知らない」と言うではないか。スルーガイド、先生と私は、思わず顔を見合わせた。私たち三人の中で、遺跡の説明ができる人間は誰一人としていないのだ。私は、しかたなく、現地で入手したばかりの遺跡のガイドブックを、お客様からは見えないようにそっとポケットから取り出すと、スタッフ三人で取り囲みながら、ゆっくりと前進した。私たちは必死になって本の遺跡地図に記載された主要建造物と、目の前の広大な遺跡に散在する石の残骸を同定した。古代の住宅跡、神殿……。重要な建造物と思われる地点に来ると、私は本の説明を速読して、あとに続く七名のお客様に要約して伝えたのだ。ところが、ある地点まで来たとき、私たち三人は絶望的になった。目の前には左右に延びる巨大な壁が立ちはだかっているのに、地図上の「私たちの位置」には存在しないのだ。地図をよく見ると、壁は「私たちの位置」より遥か前方にあるではないか。観念した私は、回れ右をして、お客様に深々と頭を下げた。
「皆様、本当に申し訳御座いません。今までの説明は、全て間違っていました」
受入れ態勢の問題は、国家レベルにも存在した。「独裁国家」らしく、観光バスにまで「アシスタント」と称する秘密警察官が同行して、現地ガイドや外国人観光客の動向に目を光らせていたのだ。
「おまえは遺跡を見に来たのであって、リビア人と会話をしにきたのではない!」
アラビア語を話すと分かると、スルーガイドは私を怒鳴りつけた。お客様に喜んで頂こうと、「家庭訪問が出来ないか」と聞いた時だ。当時のリビアでは、観光業以外のリビア人が外国人と接触を図った場合、「スパイ」とみなされ、当局に拷問されても文句は言えない状況だった。
旅も後半に入ると、言論の自由を奪われた私のストレスは頂点に達した。珍しく早く宿に入った日、私は夕食までの自由時間に「禁」を破って外に出ることにした。
「リビア人の魂に触れたい!」
私は神仏に祈るような気持ちで、イスラーム教の聖者廟に向った。その町は、カダフィ大佐が革命で倒した、国王を兼務したイスラーム神秘主義教団長イドリスの一大拠点だった。聖者廟に近づくと、突然、後ろから肩を叩く人物がいた。振り返ると、中年男性が、私の祈りに答えるかのように、次のように話しかけてきたのだ。
「お前は『ゴース』という言葉を知っているか? ゴースとは、アッラーが世界各国に一人ずつ配置した精神的指導者だ。アメリカにも日本にもいる。彼らが集まると『神の世界政府』ができる」
彼が神秘主義教団の指導者の一人で、「奥義」を語っていることは明らかだった。私は人目を憚(はばか)りながらも、矢継ぎ早に質問をしてリビアの神秘主義について聞きだすと、丁重にお礼を述べてホテルに戻った。カダフィ大佐は革命後、政敵だった教団を弾圧し、神秘主義的傾向を排除した独自のイスラーム教を国内に宣布した。今でもリビアのモスクには、「聖職者」と称する政府の目が光っている。しかし、風前の灯に見えた神秘主義教団の伝統が、実は脈々と生き続けていることを、彼は知らしめてくれたのだった。
私はリビアという国の「魂」に触れられた気がして、満たされた気持ちで帰国の途に就いた。
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