日本テレビのアナウンサーとして1997年に入社以来、30年近くにわたって箱根駅伝の実況に携わってきた蛯原哲アナウンサー。池井戸潤さんの小説を原作とした、日本テレビ系連続ドラマ『俺たちの箱根駅伝』(2026年10月放送予定)に、大日テレビアナウンサー「横尾征二」役で出演することが決まった。
ドラマ『俺たちの箱根駅伝』の収録にあたって体感した現場の熱量や、主演・大泉洋さんの存在感、そして今も昔も変わらぬ箱根駅伝中継の精神とは――自身の言葉で本作にかける想いを情熱的に語ってくれた。

まさか自分が出演するとは思ってもみなかった
――ドラマ『俺たちの箱根駅伝』へのご出演は、いつ頃、どのような形でお声がかかったのでしょうか。
蛯原:このドラマは箱根駅伝を中継するテレビ局の話が、ひとつの大きな軸になりますから、プロジェクトチームには、初期の段階でアナウンス部も加わることになっていました。その中で、どのアナウンサーがどういう形で関わるかは、まだはっきりしていなかったのですが、何かしら自分も関わるだろうという心の準備はありました。
こうした流れの中で、今年に入ってから「この日にドラマの撮影があるので来てほしい」という依頼を受けました。最初の認識では、俳優の皆さんに「箱根駅伝の中継アナウンサーとは、こういう準備をして、本番はこういう様子で、こういった気持ちで臨んでいます」というレクチャーをする立場で関わると思っていたので、指定された日にそれを話すのだろう、くらいの気持ちだったんです。
――蛯原アナウンサーは箱根駅伝で1号車からの中継も長く担当され、現在はセンター実況を務めています。その経験をかわれての監修のような役割だと、最初は考えていたわけですね。
蛯原:ところが、日程が近づくにつれて「どうやら台本があるようだ」「どうやらセリフがあるらしい」と、少しずつ気づき始めました。これはまさか役があって私が出演するということになるのか……気づいたのは、かなり現場が近くなってからです。
1ヶ月前くらいにとうとう確信して「これは大変なことになった」と。当然、ドラマに出たことなんてありませんから、「どうしたもんか?」という感じで、普段はできないような吹き出物ができたり、そわそわした毎日を過ごしました。
発売と同時に手に取った原作との運命の出会い
――ドラマの企画がスタートする前から、池井戸潤さんの『俺たちの箱根駅伝』を読了されていたと伺いました。
蛯原:発売とほぼ同時に読みました。普段からそれほど読書家というわけではないのですが、この作品はやっぱり特別でした。30年近く関わらせていただいた箱根駅伝は、人生の中でも欠かすことのできない大会です。その箱根駅伝を舞台にした作品が本になって、しかも、テレビの作り手の思いまで池井戸先生が込めて書いてくださっているとなれば、もういてもたってもいられず手に取りました。あっという間に読みましたね。
読みながら「この人物のモデルになっているのは、ひょっとしてあの人のことかな?」とか、「こんなことが確かにあったよな」とか、とにかくここまで取材されて、ここまで描写されるのかという驚きがありましたし、何と言っても初心を思い出させる気持ちになりました。

私は1997年の入社になりますが、1年目のお正月には1号車のサブアナウンサーとして、メインアナウンサーの隣に座りました。当時の参加校は15校でしたが、目の前で15人の選手がスタートを切って、日比谷通りへ飛び出していった姿は、今も目に焼き付いています。震えるほど感動しましたし、いつか1号車で隣に座っているメインの先輩実況アナウンサーになりたいと思いました。
その11年前の1987年(第63回大会)から日本テレビが箱根駅伝の中継を始めています。私が知らない箱根駅伝中継の約10年の間にも、たすきをつないできた先輩方がいらっしゃって、皆さんの想いをこの本の中で読み返しているような気持ちになりました。自分が知らない時代に中継を始めた頃の先輩方の熱さが、今の箱根駅伝中継にも織り込まれているような、そういう本だなと感じましたね。
初めての箱根中継から受け継がれてきた「放送手形」
――初代総合ディレクターが第1回の台本として作った「放送手形」は、その後ずっとスタッフたちに代々受け継がれ、これがドラマのなかでも重要な要素として登場します。
蛯原:実際に放送手形は、初回から全部アナウンス部にも、もちろんスポーツ局にも保存されています。諸先輩方がそれを本当に大事にしているというのは、肌感覚としてあるので、池井戸先生が放送手形をクローズアップされたのは、アナウンサーもそうですが、それ以上にスポーツ局のディレクターの諸先輩方はすごくうれしかったと思います。すべてを込めて作られてきたものですから、それが小説の中でもドラマでも表現されているのは、私も本当にうれしかったですね。
――長年ほかのスポーツ中継にも関わられてきて、箱根駅伝という大会が他の中継と違う点はどこにあると思いますか。
蛯原:ひとつはアマチュアスポーツであるという点ですね。学生たちが主体でやっている大会です。しかも、箱根駅伝は全国大会ではなく、関東学生陸上競技連盟の学生たちが運営している大会です。それを私たちが放送させていただいている。そのことは決して忘れてはいけないと、今でも後輩たちに伝えています。
もうひとつ「テレビが箱根駅伝を変えてはいけない」ということを、私たちは入社以来、ずっと教わってきました。これだけ世の中が変わってきた中でも、心の中にはその思いがある。学生たちの晴れ舞台を、我々が妙なことで汚してはいけないという気持ちで、箱根駅伝の中継に全スタッフが取り組んでいます。
――ドラマでも「テレビが箱根を変えてはいけない」というセリフが出てきますね。
蛯原:そうなんですよ。チーフプロデューサー役の大泉洋さんも、センターディレクター役の伊藤沙莉さんたちが、まさにそれを熱く演じてくださっていて! 私が若い頃にバイク実況していた頃は、普段は絶対に敬語でしゃべっているような、スポーツ局の目上のディレクターの方に対しても、「ここに(カメラ)行きましょう」「この大学に行きましょう」「なんで行かないんですか」という感じで、中継中に、やりとりをしていましたが、プロデューサーとディレクターの“戦い”は、実際に現場で起きていることなんです。
それをドラマで表現してくださっていることへの気持ちは、「そうなんですよ、こういう気持ちでやっているんです、ありがとうございます」という思いでした。

卒業した1号車から再び見た最高の景色
――蛯原さんご自身の現場での撮影はいかがでしたか。
蛯原:スタジオで大泉洋さんに初めてお会いして、3分ほどご挨拶させていただいたんです。「いろいろ参考資料をいただいて勉強させていただいています」とおっしゃってくださって。「私もこのあと出演させていただくのでよろしくお願いします」とご挨拶して、その10分後に大泉さんの撮影が始まりました。
見学させていただいたら、さっきまで大泉洋さんだった方が、もうドラマの中のチーフプロデューサー・徳重亮になっているんですよ。当たり前なんですが、私は蛯原哲として箱根駅伝中継をやっていて、蛯原哲を演じているわけではありません。それが、さっきまで話していた大泉洋さんが、まったく別の人物になってドラマの台詞を魂込めてしゃべっているのを目の当たりにしたときに「これはすごい世界だ!」と。こんなことが自分にできるのかと、大変な場所に来てしまったなという気持ちになりましたね。
箱根駅伝の中継は約1000人のスタッフで制作しているのですが、このドラマを作り上げようとしている現場のスタッフもものすごい人数で、その熱気と情熱は、箱根駅伝中継と変わらないくらいの撮影現場の空気でした。和む場面ももちろんあるのですが、いざカメラが回ったら張り詰める空気感は、本番の中継とまったく変わらなかったです。
素晴らしい俳優陣の方々が、「あのシーンではどういう気持ちで実況しているんですか」「バイクに乗っているときはおむつをしているんですか」と聞いてくださるのも、すごくうれしかったですし、 用意していただいた水のペットボトルに「横尾」という役名のシールが貼ってあって……そんなことは生まれて初めてのことで、名前の貼られたボトルはそのまま持ち帰って、今ではもう宝物ですね(笑)。

――横尾征二の出演場面の見どころを教えてください。
蛯原:実は、101回大会(2025年)から放送についてはセンター実況担当に移って、1号車からは卒業で再び乗ることはないと思っていました。でも、ドラマで横尾征二としてではあるのですが、もう1回、先頭の1号車に乗れたのはとてもうれしかったです。やっぱりここから見る箱根駅伝は最高の景色だなと思いましたね。
6年間、箱根駅伝の第1中継車からの実況を担当させていただいて、その経験をそのまま横尾征二に重ねて演じるような形になりました。メイクもしていただきましたが、衣装は自前のものです。普段の私が横尾征二になっている感じといいましょうか……皆様にどのように観ていただけるのか楽しみにしています。
第103回大会へと箱根駅伝は続いていく
――ドラマの放送がスタートする10月は、来年の箱根駅伝本番もいよいよ迫ってきます。
蛯原:それは今からプレッシャーを感じています。いい意味でのプレッシャーでもあるのですが、10月以降は各大学への取材がどんどん深くなっていく時期です。10月17日には予選会もありますし、現場に行けば、関係者の皆さんや駅伝ファンの方々がドラマを見て、アナウンサーを見る目が変わると思うんです。これまで以上にしっかり見られているという意識を持つよう、後輩たちにも伝えなくてはなりません。
何かを変える必要はない。でもこれまで以上に引き締めて、今までやってきたことを信じて、地に足をつけて取材をして、103回大会に向かおう――みんなの前でそう言おうと思っています。そしてこれまで以上、箱根駅伝にかける各大学への取材を重ねて、学生たちの思いを汲んで本番に臨もうということも、改めて自分自身に言い聞かせています。










