──廻り髪結いの傍ら、町方同心のお手先をつとめる伊三次と芸者のお文(ぶん)夫婦が活躍する人気シリーズ「髪結い伊三次捕物余話」も、はや九巻目。前巻『我、言挙げす』の最後で、大火によって住み慣れた家を失った伊三次夫婦のその後が気になって、新刊を心待ちにしている読者がたくさんいらっしゃいます。さて『今日を刻む時計』は二年ぶりの新刊となるのですが、冒頭で前作より十年の月日が過ぎています。なぜ思い切って作中の時間をとばされたのでしょうか。
宇江佐 最終回まで書くための執筆時間を計算したら、とても足りないことに気がついたんです。その頃は、伊三次の最期までしっかり書くことが、このシリーズを愛読して下さっている読者のためだと思っていました。そこで作中の時間を十年とばしたのですが、ただ最近、私が死んだ時にこの物語が未完で終わってもいいのではないかと思うようになりました。そうは言ってもこの十年は取り戻せないので、ちょっと惜しいことをしたかなとも思っています。
──なぜ心境が変わったのですか。
宇江佐 昨年、中島梓(栗本薫)さんの訃報に接したことがきっかけになりました。中島さんは「グイン・サーガ」シリーズという大長篇小説を執筆されていましたが、とうとう未完で終わりました。彼女は余命宣告をされたあとも、病床で執筆を続けていたのですが、最終回を書こうとはされなかった。その彼女の姿勢を伝え聞いて、私も書けるところまで書き続けようと思うようになりました。
十年後の伊三次とお文はどうなった?
──十年という月日が経ち、伊三次は四十を越えました。主人公の二人が年齢を重ねたことで、物語の展開にどのような変化がありましたか。
宇江佐 年齢が高くなったぶん、伊三次もお文も少し脇に退(ひ)いた感じになりましたね。お文はまだ御座敷にでていますが、若い芸者のお目付役のようになっています。若い登場人物が新たに加わって、二人がそれを見守ることが増えました。もちろん年長者としての経験を活かして、二人が先頭に立って若い者を引っ張るという話も書きたいと思っています。
──確かに二人に代わって、若い世代の活躍が目立ちます。まず伊三次とお文に新しくお吉という名前の女の子が生まれました。
宇江佐 うちは男の子二人で女の子がいなかったから、小説のなかで書きたかったのです。家のなかに女の子がいるって微笑(ほほえ)ましいでしょう。
──逆に伊与太は絵師になる修業のために、家を出て師匠の家に住み込んでいます。
宇江佐 彼は、最終的に絵師になるにしても、ちょっと寄り道させて、苦労させようかなと考えています。私はあまり優秀な子には魅力を感じないんですね。男前で剣の腕が立って頭も良くて、という人物は読んでいて気持ちいいのでしょうが、そんな人間はなかなかいないでしょう。また普段酔っ払ってばかりいるけど、いざという時に剣をとったら強いなんていうのも許せないんです。毎日稽古しているから強くなるわけで、そんな人物がいることは信じられないですし、信じられないものは書けません。
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