──二年ぶりの新刊ですが、伊三次をはじめとして登場人物たちの振る舞いがとても自然な感じで、すぐに物語に引き込まれました。まるで登場人物たちが勝手に自己主張をしているかのようでした。
宇江佐 そうなんです。ある事件が起こると、この人はどう動くだろうかとか、あの人はこう考えるだろうといったことが自然に浮び上がってきます。だから伊三次のシリーズは私にとって一番書きやすいですね。
現代に通じる時代小説を書きたい
──今回の『今日を刻む時計』では、二十代の半ばを過ぎていまだ独身を続けている不破龍之進の嫁とりが大きなテーマになっていますね。
宇江佐 いったいどんな女性がふさわしいのかずいぶん悩んで、結局、この巻では終わらずに次の巻まで引っ張ってしまいました。私は武士の人生のなかで、誕生と元服(げんぷく)と結婚が一番重大な出来事だと考えています。龍之進については元服のときのこともしっかり書きました。この三つの節目については重きをおいて書くようにしています。
──一般に武士の結婚というと、同じような家柄同士で親たちが話を決めてという印象が強いものですから、龍之進の相手選びは読んでいてとても新鮮でした。
宇江佐 私は時代小説であっても、現代に通じるものがないといけないと思っています。そうでなければいまの読者には受け入れられないでしょう。時代小説といっても書かれた時によって変わるものだと思っています。
──「今日を刻む時計」で理由なく殺人を犯す人間が出てくるのがまさにそれですね。
宇江佐 理由なき殺人なんて江戸時代にはありませんでした。しかし、衝撃的な大事件に接すると、それを作品に入れ込んで、自分なりの考えを読者に提示したいと強く思います。たとえ時代小説であっても、現代の問題意識や価値観に沿ったテーマを書いてみたい。そこから現代を照射するのが私のスタイルなんです。
──今回登場した大店(おおだな)の娘であるおゆうという町娘も、とても魅力的でした。
宇江佐 彼女に龍之進と結婚して欲しいと思った読者が多いんじゃないでしょうか。彼女はこの時代の先端にいる女性なんですね。もの知らずと言われているけれど、経済力を背景にして武士と町人の力関係が微妙に変化していることをしっかり感じ取っている。彼女について書いていて考えたのは、頭が良いってどういうことなのだろうかということです。必ずしも勉強ができなくてもいい。肝心なのは自分のことを人前で堂々と説明することができるかどうかだと思うのです。私は、そういう世間知のある人間こそ、本当に頭の良い人だと思っています。
──次はいよいよ節目の十巻目となりますが、ますますこれからの展開が楽しみになってきました。
宇江佐 これからは隔月でどんどん書いていきますので、十巻目はさほど時間をおかずにお届けできると思います。とにかく物語が停滞しないように、毎回緊張感をもって書き続けていきたいと思っています。マンネリと言われるのが一番嫌ですから。
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