──筋肉でできたムササビとは迫力ですね。作中の先生でお気に入りの人物はいますか。
貴志 好きなのは猫山先生なんです。そんなに重要な役どころでもないんですけど。ただ、これだけ蓮実に大量虐殺をさせておきながら、私には、猫山先生は殺せなかったですね。読者は、「なぜこの人を保護するんだろう?」と疑問に思うかもしれませんが……。作中で怜花(れいか)が猫山先生のことを「無害だ。無益だけど」と評するんですが、そういう人は迫害されるべきじゃない、というのが何となく私の信念としてあってですね、有害なヤツはある程度矯正か攻撃が必要かもしれないけれど、「ものすごく変なやつ。だけどべつに悪いことは何もしていない」というタイプは、むしろ生物の多様性として保護すべき対象だろうと考える性質なんです。
──蓮実が英語教師というのは経歴を活かしての設定ですか。
貴志 やっぱり留学して英語は徹底的に勉強してますし、しかもネイティブみたいな会話もできると、授業をやってもカッコいいですよね。今の子に受けるためには、サッカーの解説者みたいに、ネイティブな感じで英語を話せれば大きな武器になるかなと。けっして英語の先生が人格破綻してるとか、そういう意味じゃまったくないんですけど(笑)。
──確かに、あの授業風景を読むと、ファンになる女生徒は多そうだなと思います。
貴志 有能という点ではこれ以上ないぐらいの先生だと思うんですね。ただ残念ながら、人間としてある部分がブラックホールのようにぽっかり欠落している。
──蓮実の両親はごく良識的な人物ですね。登場場面の挿話を読むと、彼らの震えが伝わってくるようで、強いリアリティとともに梯子を外されるような怖さがあったんですが。
貴志 凶悪犯罪者の「氏(うじ)か育ちか」論争は昔から延々とありますよね。DNAですべてが決まるのか、あるいは環境で決まるのか。今は、どちらも完全な要因にはなり得ないというのが常識なんですが、そうすると、九九%の場合がありうるわけです。環境の僅かな要因、ほんのささいな挫折や刺激で容易に犯罪者になってしまう人がいると思うんですよね。
メディアの報道は「氏か育ちか」というと、育ちにしたがるわけです。人権上の問題、差別に繋がってはいけないということがありますし、また視聴者にも因果関係を見いだして安心したいという無意識の要求があるのはわかるんです。なぜこういう犯罪者が生まれてきてしまったのか――幼少期にこんなトラウマを受けている、とすれば、一応の理屈が通るけれど、成長過程の間、何不自由なく育って両親から愛情を注がれているのに、いきなり人を殺しはじめたという説明だと、社会不安を引き起こすわけですよ。でも、アメリカなんかには、そういうケースも結構ありますし、環境が圧倒的な要因であったとはどうしても思えない、明確な理由なんかないというケースは、日本にも実はかなりあると思うんです。