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性善説に立ったシステムに悪魔が入りこむ

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「本の話」編集部

『悪の教典』上下 (貴志祐介 著)

出典 : #本の話
ジャンル : #エンタメ・ミステリ

メッキー・メッサーは蓮実ほど悪人じゃない

──今回の作品ではかなりの死体の山を築かれました。

貴志  何人殺したかという単純な数でいくと、日本の作家で一番邪悪なのは小松左京先生だということになりますね。もう何億も何兆も殺してる。でも邪悪度というと、名前があってちゃんとイメージできる登場人物を何人殺しているかで決まってくると思います。そういう意味で『悪の教典』は、自分の小説で一番邪悪なものになってしまいました。

──粗筋でまとめると、かなり凄惨な印象になってしまうのですが、この長篇の魅力のひとつは、生徒や蓮実の日常にある一種のユーモアにあると思うんです。

貴志  基本的にギャグは好きなんですよ。ギャグを書いているときは、やっぱり楽しいですね。誰も傷つけないし、長い小説の中の一部分を書いている時、どうしても読者を退屈させてしまっているのではないか、という恐怖があるのですが、笑いを入れている部分は、少なくともそれで読んでくれるだろうと安心できるんです。

──蓮実は殺人を犯しながらもギャグを言っていましたね。

貴志  笑える部分と、笑うに笑えない部分をつくろうと思ったんですよね。笑いとホラーが近いということは多くの人が言っていることで、実際非常に近いと思うんですよ。終わり方の違いだけなんですね。桂枝雀の「緊張の緩和理論」でいうと、緊張した状態が緩和するから笑いに繋がるんであって、緊張のまま行ったら、ホラーになってしまう。だからギャグではあるし、オチはついてるけれども笑えない、という状況をつくったら、それはそれで怖いかなと。「弛緩しなさい、しなさい」って言われているんだけど、ダブルバインドで、これはもう弛緩できないよ、だって殺してるじゃんと。

──殺人場面でいえば、蓮実は愉快になると、『三文オペラ』の「モリタート」という曲を口笛で吹きますね。

貴志  『三文オペラ』の曲は、大抵の人が幼いころどこかで耳にしたことがある旋律だと思うんですね。私もそうで、とても軽快で何となくユーモラスな味わいもあって、楽しい曲だなと思っていたら、ある日歌詞を見て、「何だこれは」と驚いたんです。こんなひどいことを言っていたのか、でもそのギャップが楽しいかな、と。殺人鬼ではありますが、どこか飄々(ひょうひょう)ととぼけた感じのある蓮実に、イメージ的にもぴったり合うんじゃないかと思っています。

  ただ、これを書くのと相前後して、二回『三文オペラ』を観に行きましたけれども、『三文オペラ』のメッキー・メッサーは、蓮実ほどの悪人ではないんですね。でも、なんかあの感覚というか、ピカレスクで、しかも群像劇で、ああいうとぼけた味わいには雰囲気的に影響を受けていて、そのへんはこの物語のトーンに活かせてるかもしれないなと思います。執筆中も聴いていたのですが、あまり繰り返してかけると陳腐化するので、ここぞというときに流しました(笑)。

──最後に、この一月にご子息が誕生されたとのこと、本当におめでとうございます。記念すべき誕生後最初の刊行が、この刺激的な上下巻。幼いうちは目につかないようにしないと、と以前仰しゃっていましたが、何歳ぐらいで解禁されますか。

貴志  おそらくわが家では、「お父さんの本はもうちょっと大きくなってからね」という会話が、延々繰り返されると思うんですけど、やっぱり中学生になってからでしょうねえ。小学生ではまだ読ませたくないですね(笑)。

単行本
悪の教典 上
貴志祐介

定価:1,885円(税込)発売日:2010年07月30日

単行本
悪の教典 下
貴志祐介

定価:1,885円(税込)発売日:2010年07月30日

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