本の話――というからには、まずは最近の話題から。
なんといっても、『1Q84』。5月末の発売以来わずか2週間で、1、2巻をあわせて100万部を超してしまったのには、驚くより、ただ唖然とするばかりだった。モノ書きの端くれで、自著を世に送り出すぼくの立場からすれば、まるで他所(よそ)の世界の出来事を遠くから眺めているような気分だった。それこそ書き手も、別の世界の住人の為せる技だと思っていた。
ところが、その作品に関してぼくがびっくりしたことがある。ある新聞のインタビューに答えた著者が、この作品の出発点にはオウム裁判の傍聴があり、とくに林泰男死刑囚に関心をもったことだ、と語っていたことだった。地下鉄サリン事件で8人もの命を奪った林泰男のことなら、ぼくの書いた本にも登場してくる。
同著の発行からおよそ2カ月後。書店に並んだ『私が見た21の死刑判決』(文春新書)の中のひとつに林泰男がある。彼が死刑を言い渡される瞬間も、そこに行き着くまでの法廷の姿も、この目で見てきた。
同じものに関心を抱いて見ていたはずなのに、出来上がりにこれほどまでの違いが出るものかと衝撃を覚えた。別世界の話と思っていたことに、はじめて自分の世界と重なる共通点を見つけた時、それが現実のものとなって、ぼくに襲い掛ってきた。
もっとも、世界的な文学賞を受賞する小説家と、見たものをありのままに伝えるぼくのスタイルからして、明らかに違うのだから、そこを読み比べてもらえばいいだけのことなのだが――。
1996年9月13日。ぼくの記録によると、村上春樹さんを東京地方裁判所ではじめてみたのは、その日の午後のことになる。
あまりメディアに登場しないだけに、現場にいろんな声が飛んでいた。
「あれ、村上春樹かな?」
「ええ!? 村上春樹はもうちょっと痩せてなかった?」
「いや、もっと太ってたよ」
そんな勝手な論評をしていたことを覚えている。
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