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「凄く」不思議

「凄く」不思議

文:枡野 浩一 (歌人)

『少し不思議。』(天久聖一 著)


ジャンル : #小説

 本作を読む者は絶えず「現実」との照会をしてしまうにちがいない。たとえばテレビ番組「麗しい男性」とその中心人物である鈴木松五郎は、実在の番組「美しい男性!」と松尾スズキだと私は想像した。著者の天久聖一は実際に同番組のスタッフだったし。あの名番組の後続番組うんぬんのことは知らないが、詳しく調べないほうが身のためかとも思う。本作の単行本化にあたって帯文を寄せたのは松尾スズキ、ピエール瀧、大根仁である。その全員が本作の中に別名で登場すると私は想像しているが、どこまでが「正解」なのかはわからない。

 とりわけ興味深いのはドラッグの描写だ。いくつかのドラッグが登場するが、以下は覚醒剤のくだり。《効き過ぎている間は勃起できないので、互いの身体をひたすら舐め続ける。足の小指からつむじの中心までじっくり三時間、舌だけで車一台洗車するようなものだがまったく飽きないし疲れない。 陰核陰唇はとくに念入りに清め、それだけでお互い何度もイク。女はずっと痙攣が続くし男も頭の中で何度もイクので射精はなくとも透明な露がダダ漏れ状態。ようやく硬くなって挿入してからは声帯がビブラートするだけで脳も冷たい。冷たい頭で腰を振る間、辰彦はいつも子供の頃の団子屋の手伝いを思い出すのであった。延々と団子を四つずつ串に刺す作業。だから腰は四拍子になる。》(単行本p.112~113)

 小説の導入部に書かれていた団子屋の手伝いのエピソードが、こんなところで活きるとは。全体に、「文学的な気どった表現をしたい」という欲望とは逆の、身もふたもない描写であるところに、かえって説得力を感じる。

随所に光る漫画家のセンス

 この覚醒剤セックスの相手である女性との別れが、彼女の飼う3匹のうさぎ(うさぎは伝統的に「3羽」と数えるらしいが、そういう文学性に近づかないところも著者らしい)が原因となって引き起こされるところもよい。文学的であろうとしていない細部なのに、薬物に溺れた太宰治の『人間失格』に登場するうさぎを連想させたりもする。やはり色々なものの中毒で知られる故・中島らもにも、飼っていたうさぎの死をめぐるエピソードがあったっけ。

 と、四の五の書いてしまったけれど、もはや「全部が本当にあったこと」としか思えないほど楽しめる小説だった、というのが率直な感想。私の信頼する書き手は松尾スズキから長嶋有まで本の表紙絵を漫画家に依頼する人が多いが、本作の単行本は漫画家・長尾謙一郎の絵があしらわれたジャケットカバーをはいだ表紙のカラフルなデザインも心憎い。

少し不思議。
天久聖一・著

定価:1500円+税 発売日:2013年9月24日

詳しい内容はこちら   著者インタビューはこちら

文學界図書室「覚醒して見る他人の悪夢」(陣野 俊史)

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