今月、長篇小説『少し不思議。』を上梓した天久聖一(あまひさ・まさかず)さん。1989年に漫画家デビューして以来、「バカドリル」シリーズ、「バカサイ」シリーズはじめ、素人の失敗写真にコメントをつけた『味写入門』、漫画誌への子供たちの投稿を集大成した『こどもの発想。』など多数の著作があるが、小説の単行本は初めてである。執筆動機やこの作品に込めた思いを語ってもらった。
「笑えない事態」への挑戦
――この作品は、2011年3月の東日本大震災のあと、わりとすぐに書き始められたのですよね。
天久 ええ。震災当時はちょうどシティボーイズの舞台(作・演出「動かない蟻」)を準備中だったんです。個人的には初の大舞台ってこともあって大変だったんですが、そこにあの震災ですから本当にどうなるんだろうと。とにかくシティボーイズの芝居は時代性が重要なのでそこは避けて通れなかったんです。なので思い切った原発ネタも入れたんですが、やはりまだ震災間もないことや、シティボーイズありきの舞台だったこともあって、終わったあとも自分の中でやり切れていないものを感じていました。それで秋に舞台が終わって間もなく執筆に取り掛かり翌年の春、震災からちょうど一年後くらいに初稿を書き終わりました。
当時はいま考えても過敏な自粛ムードがあって、それに対する反発もあったんですが、やはり僕はずっとギャグで食ってきた人間なので、これはスルーできないぞと。不謹慎かもしれないけれどこの「笑えない」事態にちゃんと向き合わないと今後、自分の笑いやギャグは嘘くさくなると思ったんです。
――小説を書くのは初めてだったのですか。
天久 松尾スズキさんの雑誌「hon-nin」で小説を連載したことがあるんですけど、雑誌全体の方針変更もあって未完のまま終わってます。それで1回は最後まで書いてみたいという思いはありました。
――本の背の「私SF」というのは天久さんご自身のコピーです。
「私小説」と「SF」の合体語だと思うのですが、この小説のどのあたりが作者の実生活、実体験に依っているのでしょうか。
天久 私小説と言っても実際の私生活をモデルにしたわけではなくて、あくまで私小説「風」です。そういった文芸的な要素とSFやパニックもののエンタメ的要素など、いろんなものをごちゃ混ぜにしたかったんです。主人公が自分と同じ、なにをやってるか分からない業界のなんでも屋なところとか、テレビの現場などある程度の設定は経験を参考にしましたが、内容的にはほぼフィクションです。