本の話

読者と作家を結ぶリボンのようなウェブメディア

キーワードで探す 閉じる
謎が解けたら、絵画は最高のエンターテインメントになる

謎が解けたら、絵画は最高のエンターテインメントになる

文:中野 京子 (ドイツ文学者・早稲田大学講師)

『中野京子と読み解く 名画の謎――ギリシャ神話篇』 (中野京子 著)


ジャンル : #ノンジャンル

 十九世紀以前の膨大な数の西洋絵画の大半が、聖書と神話をもとに描かれているからです。物語の宝庫たる神話は、ミステリ、ホラー、恋愛、政治、心理の闇など、ありとあらゆる要素を含んでおり、多くの画家たちに題材として選ばれたのも、むべなるかな。彼らは腕によりをかけて、魅力的な物語にさらに新たな魅力を加えていきました。

 たとえばこの本の表紙に使った、ジェロームの『ピグマリオンとガラテア』。なんとセクシーで近代的なヌードでしょう。顔が見えないので、いっそう想像力を刺戟されてしまいますね。女性にとってもこれは溜め息ものの裸身です(こんなスタイルだったらどんなに良かったか!)。

 よく見ると、しかし彼女の太腿から下は人間の肌とは違う白さ、石膏の白さです。つまり彼女は、つい今しがたまで彫像だったわけです。ピグマリオンにキスされ、徐々に生きた人間の女性に変わっていく、その過程が描かれているのです。背景には矢をつがえるキューピッドや、この事件に呆れて口をあける仮面など、小道具もひしめいています。

 ピグマリオン神話とは――自らが作った彫像に恋し、女神ヴィーナスの祭壇で祈って命を吹き込んでもらい、妻に娶(めと)った男の物語。

 どこかで聞いたような気が……。

 そうです、オードリー・ヘプバーン主演のミュージカル映画『マイ・フェア・レディ』がまさにそれでした。友人と賭けをして、無知な花売り娘をレディに仕立てあげる、そしてたちまち彼女に恋してしまったヒギンズ教授が、現代版ピグマリオンです。

 こんなふうに神話は、絵画ばかりか、小説、戯曲、オペラ、ミュージカルにも使われ、縦にも横にも繋がっていますから、西洋芸術を解する必須アイテムといっていいでしょう。

 本書は「オール讀物」で二十回にわたって連載した「絵画で読む神話」に加筆し、再編集したもの。雑誌掲載時には白黒だった図版が、嬉しいことに、全てカラーになりました。またそれぞれの絵には、引き出し線を使って短い説明も入れています。本文にあっても見つけにくい箇所、あるいは本文では触れなかったことなどです。
 できるだけいろいろな時代の、いろいろな国の画家たちによる、多彩な作品を選ぶようにしましたが、拙著『怖い絵』シリーズで取り上げた絵(ルーベンス『メドゥーサの首』、ゴヤ『我が子を喰らうサトゥルヌス』、ベックリン『ケンタウロスの闘い』など)は割愛しました。

 本書が多くの方々に愛されるよう、わたしもヴィーナスの祭壇で祈ってきたところです(ほんと?)。

 「オール讀物」では、四月号から新連載「絵で読みとく聖書」が始まります。こちらもご愛読、よろしくお願いいたします!

名画の謎 ギリシャ神話篇
中野 京子・著

定価:1600円(税込) 発売日:2011年03月11日

詳しい内容はこちら

ページの先頭へ戻る