- 2022.06.27
- インタビュー・対談
『怖い絵』著者が贈る名画×西洋史。絵から「歴史」と「人間」が立ち上がる『中野京子と読み解く フェルメールとオランダ黄金時代』(中野京子)
「オール讀物」編集部
Book Talk/最新作を語る
栄華を支えた人間社会を絵に学ぶ
「17世紀オランダ絵画は、自分たちの生きている時代を活写したという意味では、2世紀後のフランス印象派と似ています。ただ違うのは、一見意味がない絵のように見えて、そこには教訓や諷刺が隠れているし、国家独立までの血みどろの歴史や宗教性などもうかがえることです。また風景画をヨーロッパで初めて生み出し、『集団肖像画』というユニークなジャンルを考えたのですから、さすが『目の人』であり『合理性優先』のオランダ人と感心します。レンブラント、フェルメール、ハルス、ステーンといった多彩な画風を楽しむ喜びもあります」
『オール讀物』での連載をまとめた中野京子さんの新刊『フェルメールとオランダ黄金時代』は、絵画40点に隠された意味を読み解いていく。
「絵は観て感じればいい、と教わってきた日本人が多いと思いますが、そもそも画家が意味を伝えようとした絵画に関しては、読み解いてゆこうとする努力が芸術家へのリスペクトになるというのが私の考えです。本書で扱ったボルフ作『父の訓戒』は、タイトルや描かれた登場人物とは全く違う意味があるので、びっくりされると思います」
掲載された絵画の中で、中野さんのお気に入りは、ロイスダール作『ワイク・バイ・ドゥールステーデの風車』。川沿いに建つ風車を描いた風景画だ。
「私自身、北海道の起伏のない土地で育ちましたから、3分の2が雄渾な空で占められたこの絵を見たとき、強烈な親近感を覚えました」
当時オランダは黄金時代を謳歌していた。驚くべきことに、王を戴く国家に囲まれながら、独り共和制を維持し、経済的な栄華も誇っていたのだ。
「なんといっても低地のうえに国土が狭いので、海や湖沼を干拓して広げてゆかなければなりません。その、いわば武器となったのが排水装置としての風車でした。やがてオランダの優れた干拓技術は世界的に知られ、後に南米ジャングルの治水事業にもオランダ人が参加しています。『ないから作ろう』という姿勢と発想力が、オランダの強みであり、面白さですね。そこからエッシャーという不思議な画家、濠(ほり)の底に架けられた橋や自転車高速道路、などに続いていると思います」
1枚の絵から、オランダの歴史、市民のクリエイティビティまで見えてくる。テーマごとに、中野さん流の西洋画鑑賞術を体験できる。
「本書は、1人の画家とその時代を絡めて絵画を見てゆく新シリーズです。『クリムトと黄昏のハプスブルク家』を秋から新たに連載予定です。どうぞ楽しんでいただけますように」
なかのきょうこ 作家・独文学者。2017年「怖い絵展」特別監修。著書に『名画の謎』シリーズなど。7月に有楽町マリオンで開催のプラネタリウム『星と怖い神話』監修。