- 2016.05.02
- インタビュー・対談
小説の流儀、映画の作法――横山秀夫(原作者)×瀬々敬久(映画監督)【後編】
「別冊文藝春秋」編集部
『64(ロクヨン)』 (横山秀夫 著)
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#エンタメ・ミステリ
瀬々 このシーンは前編のクライマックスですが、よく考えると奇妙なんですよ。
横山 どんなところがですか?
瀬々 普通は、映画でああいう感情の高まりを描くということはあまりないんです。自分で撮っておいて言うのもなんですが、試写で観たとき、シーン自体はすごく盛り上がっているけど、変な映画になったなと思いましたよ。これも珍しいことですが、あのシーンはほぼ小説と同じように撮っています。
横山 小説通りに映像にすること自体が変なのかもしれないですね(笑)。『64(ロクヨン)』は、ほとんどが主人公三上の内面描写ですから。
瀬々 でも、原作のあのシーンにはグッときてしまって。老人の無名の人生を記者たちに語るうち、その存在が、「ロクヨン」の遺族と重なってくる。だから芝居に動きがなくても、感情だけで盛り上がりが作られたんじゃないかな。すごく地味な盛り上がりかもしれませんが。
横山 確かに佐藤さんのセリフを聞いていたら胸に迫るものがありました。喋っているだけであれだけ人を感動させるわけですから、改めて佐藤さんの力量に感服しました。
瀬々 あそこが前編の肝だということはわかっていたので、浩市さんもそれに向けて気持ちを高めていったのだと思います。自分の力が試されるときだ、というくらい気合が入っていたんじゃないでしょうか。
横山 三上の話を聞いている記者たちの表情もよかったですね。
瀬々 そうなんです。若手俳優陣が素晴らしいリアクションをしてくれました。
横山 佐藤さんは、共演する若手俳優さんたちに「全力でぶつかってこい。俺が全部受け止めてやる」とおっしゃったと伺いました。そんな丁々発止のやりとりを経ての場面だから、あれほどの緊張感が生まれたんでしょうね。
瀬々 浩市さんの芝居で他の俳優の感情が動き、そのリアクションを見て浩市さんの芝居も変化して行く。いい感情のうねりができあがっていきました。
横山 ちょうどこの場面を撮り終わった翌日くらいに、撮影現場の見学にお邪魔したんですよ。
瀬々 そうでしたね。
横山 佐藤さんは終始上機嫌だったんですが、緊張感から解放されて、ホッとしていらしたんでしょうね。
瀬々 みんな張りつめていましたから、このシーンのOKが出たあとには、思わず現場で拍手がおきましたよ(笑)。その日浩市さんは、「みんなありがとう」と若手俳優陣に感謝を伝えて現場を去っていきました。