- 2016.05.01
- インタビュー・対談
小説の流儀、映画の作法――横山秀夫(原作者)×瀬々敬久(映画監督)【前編】
「別冊文藝春秋」編集部
『64(ロクヨン)』 (横山秀夫 著)
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#エンタメ・ミステリ
「このミステリーがすごい!」「週刊文春ミステリーベスト10」1位の究極の警察小説が超豪華キャストでついに映画化。俳優陣の熱演から、脚本をめぐっての激しいやりとりまで。原作者と監督が創作への執念と覚悟を語り尽くす!
一時は出版をあきらめかけた
瀬々 『64(ロクヨン)』を初めて読んだときのことはよく覚えています。確か十月に発売されて、すごく評判がよかった。僕もすぐに買って、年末年始の休みを使って一気に読みました。
横山 刊行してすぐに読んでくださっていたとは、素直に嬉しいです。
瀬々 まず、タイトルがかっこいいじゃないですか。小説の世界観が、このタイトルに集約されている。「64(ロクヨン)」とは、たった七日間だけの昭和六四年に起きた未解決の少女誘拐殺人事件を指す符牒です。多くの人はその存在すら忘れているけれども、遺族はいまでも昭和六四年に囚われているという設定に引き込まれました。
警察が舞台の小説ですが、刑事ではなく広報官が主人公なのも新鮮でした。通常警察小説と言えば、事件が発生して刑事が犯人を追いつめ、ついには解決に導くのが普通でしょう。でも『64(ロクヨン)』はまったくタイプが違います。主人公の三上は「ロクヨン」と対峙するけれども、あくまで広報官の立場からなんですね。三上は、ちょっと前までは最前線で事件捜査をしていた刑事でしたから、本人的には広報官は左遷以外の何物でもない。主な仕事はマスコミ対策で、日の当たらない仕事です。その葛藤を抱えながらも、自分の持ち場で気概を持って仕事をしているわけです。華やかなものばかりがもてはやされる時代に、世間が見向きもしないような人物に焦点を当てているのが、横山さんの小説の魅力だと思います。
横山 瀬々さんのように読んでくださると、苦労して書いた甲斐があったと思えます。実はこの小説の完成までには長い道のりがありました。最初は小説誌で連載していましたが完結させることができず、その後書き下ろしで完成を目指しました。これもうまく行かなかった。発売日が決まっていたのにもかかわらず、どうしても作品の出来に満足できなくて直前に刊行を延期してもらったりもした。もう世に送り出せないんじゃないかと思うことが何度もありました。
瀬々 そんな経緯があったんですね。でも完成した作品は素晴らしい。横山さんの小説の魅力をもう一つ挙げると、人々が生活する土地の風土を丁寧に描かれていることです。小説を読んでいると、風の音や雨の匂いが立ちのぼってくるんですね。小説ではD県となっていますが、そこは横山さんがお住まいでもあり、今回映画の舞台にした群馬県という土地が色濃く反映されているのかなとも想像しました。
横山 風土に人間の感情を乗せようということは常に考えています。映画では、瀬々さんがズバリとその空気感を捉えてくださっていました。例えば、昭和天皇の崩御に際して、商店街に半旗が掲げられ、そこを「ロクヨン」の捜査をする警察車両が走っていく場面などは、これぞ地方都市の姿だと感じました。そういうきらりと光るシーンが映画の随所にちりばめられている。
瀬々 そう言っていただくと、ホッとします。
横山 一時は出版を断念せざるを得ないとまで思いつめた作品を、これだけ迫力のある素晴らしい映画にしていただいて感謝しています。脚本をめぐっては、かなり激しいやり取りもありましたけどね(笑)。
瀬々 ただ、その議論こそがこの映画の礎になったと思います。