そしてもうひとつが、妖怪時代小説である。宮部みゆきから畠中恵というラインを経て、今や多数の作家が妖怪時代小説に取り組んでいるのは、周知の事実であろう。この人気地帯に作者は“虫”を武器にして切り込んだ。冒頭で影郎が正坊から追い出した疳の虫と、終盤である人物から追い出した蜻蛉。事件そのものは合理的に解決するのだが、前後に二種類の虫を配置することで、妖怪時代小説にもなっている。そこに本作のユニークな魅力があるのだ。
ついでにタイトルにも触れておこう。タイトルに入っている“〼”だが、これは枡記号といい“ます”と読む。江戸時代には商品の表記で、「魚あり〼」「だんごあり〼」のように使われることが多かった。まあ、ちょっとした洒落である。現代でも観光地の店などで使われることもあるので、見た人もいるだろう。それはさておき、応募作のタイトルを「虫封じます」ではなく「虫封じ〼」として、目にした人の興味を惹きつけるところに、どんなことをしても読ませてやるという、作者の狙いを感じることができたのである。
ところで「虫封じ〼」は、主人公の正体や、杉田八百の扱いなど、物語の先が気になる部分がある。まるでシリーズの第一話のようになっているのだ。このあたりのことは、五人の選考委員のうち、ふたりが選評で指摘している。再度、「オール讀物」から引用しよう。
「シリーズ化を考えて配置した人物の造形は手堅い。連作長篇にしてデビューすれば、最初に読者をつかむのはこの人ではないか。そう考えて一票を投じた」(石田衣良)
「連作としての展開の可能性も感じさせる作品なので、今後に期待したい」(重松清)
といった具合である。もちろん作者としても、シリーズ化を視野に入れていたのだろう。それが実現し、続く四作で、薄羽影郎のさらなる活躍を楽しむことができるのである。まず「稚児行列」だが、今井家という大身旗本の若き当主・慎一郎が罹った、もの狂いの病に、影郎とお夕がかかわることになる。ふたりが視た、衰弱した慎一郎に取り憑いている稚児行列。その原因は何か。江戸時代に広まっていた“庚申待ち”を巧みに取り入れながら、作者は登場人物の心の奥底を掘り下げていく。
「饅頭怖い」は、八百の持ち込んだ、饅頭屋『つた屋』の問題が描かれる。なぜ、評判だった『つた屋』の饅頭の味は、落ちてしまったのか。なんとなく真相を察して乗り気でない影郎に対して、お夕が暴走する。でも、これが面白い。“早とちり”というお夕のキャラクターが、サスペンスを生み出し、事態を解決へと向かわせる。このようにストーリーと絡まる形で、レギュラーの肖像が固まっていくのも、シリーズ物ならではの楽しみとなっているのだ。
「黒い舌」は、世辞の上手な呉服屋の手代・新七に、黒い舌が生えてくる。その舌が腹の中にある本音を喋ることに困った新七を、影郎が思いもかけぬ方法で助けるのだが……。前半のちょっといい話から、後半の緊迫した展開に変転する、ストーリーの落差が読みどころ。捕物帖と妖怪時代小説の混ぜ具合も適度であり、作者の成長を実感できる一作となっている。
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